5-6

 とんとん、と肩を叩かれた。こっちを向いて、ということだろうか。

「大丈夫です。もう、帰りますから。お気遣いなく」

「……城戸さん、普通じゃないです。心配ですし、このままお店まで帰せません」

 ふと、気になった。樹はどうやって傘をさしているのだろう。

 まさかと思い、意を決して振り向いた。

 樹は口元を小さく震わせながら、隠しきれない切なさをその顔に浮かばせていた。服はどう見ても部屋着のままだ。両手で一人分のハンドタオルを挟み、朗義に差し出している。

 傘など、さしていなかった。

 身一つで、ここまで追いかけてくれたのだ。

「……楔野さん」

「何かあったんですよね? お話、聞かせてください」

 また、この目だ。樹が初めてスフェーンを訪れた時に見せた、子犬のように必死で訴えかける目をしていた。樹の碧眼も、この雨の中では曇っている。それが一層、朗義をいたたまれない気持ちにさせた。いつからか合わせていた目を逸らし、朗義は仕方なく、

「……すぐに帰りますよ」

「はいっ、それでいいので。ほら、由仁ちゃんもどうぞ」

「由仁ちゃん、っすか……。一応、大学一年生なんすけど」

「ええっ、ごめんなさいっ」

 傘は丹尾と樹に持たせて、朗義は渡されたハンドタオルを頭から被った。雨に濡れた顔は、樹に渡されたものを汚すような気がして、拭かなかった。

「楔野さん、凄いお家っすね。お金持ちっす」

「あはは。お父さんとお母さんが頑張ってくれたから。由仁ちゃんも、その歳でもう弟子入りなんて凄いと思うよ」

 二人は早くも意気投合していた。根が明るい人間同士だ。波長が合うのだろう。

 踵を返して門へと向かう道のりは、行きよりも長く感じた。というよりも、行きの記憶自体が全くない。何を思って外に出て、何故よりにもよって楔野邸にまで足を運んだのか、思い返しても見当がつかない。

 とはいえ、あのまま大人しくしていれば眠りにつけたとも思えない。

 何が起きたかを話すつもりなど、毛頭ない。樹に気を遣わせる上、自分の溜飲を下げるのみだ。顧客に対してすることではない。辰良がこれを知れば、即座に勘当されるであろう。

 客人を出迎えるように門が自動で開き、朗義は明かりのついた二階の窓を眺めた。樹は窓から人影を見たと言った。おそらく、自室というのはあそこなのだ。

 玄関では、桧和がバスタオルを手にして待っていた。

「お姉ちゃん、髪びしょ濡れ。急に飛び出してどうしたの」

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