3-3
「その、靴下の方はクリーニングに出させていただきましたので」
返事はない。口をぱくぱくさせている様子が脳裏に浮かぶ。
「……大丈夫ですか?」
かろうじてスマートフォンが拾った声は、消えてしまいたいです、だった。
「全然気にしていませんから、大丈夫ですよ」
「はい……」
それではまた後ほど、とだけ伝えて、朗義の方から電話を切った。
「まずかったかなあ」
あの時追いかけてでも、渡しておくべきだったか。というよりも顧客の、それも女性の靴下を断りもせずクリーニングに出すというのも、配慮が足りなかったか。
思考が巡って、ふと頭の痒みに気がついた。ひとまず、楔野家へと行く前にシャワーだけでも浴びておかなければならない。
「丹尾。十五時から客先に出かけるから、その間店番を頼む」
階段上からの呼びかけに、了解っす、とだけ返事があった。
服を脱いで、シャワーが温水になるのを待つ。ボディソープもシャンプーもまだ量があり、朗義の風呂に入る頻度が伺える。
泡を全て洗い流して、髪を絞る。朗義の少し長い髪に含まれた水分が足元にボトボトと音を立てて落ちる。たまにであれば、シャワーも悪くない。
シャワーのノブを締めて、扉を開いた瞬間、
「師匠」
威勢のよい声が脱衣所の外から聞こえてきた。すぐそこに丹尾がいる。
「うわあっ。馬鹿っ、俺シャワー浴びてんだぞっ」
急いでシャワー室へと戻って扉を閉めた。女子大学生、しかも未成年に全裸を拝ませでもしたらその時点で事件である。
「どうでもいいっす。それより谷さんっす。ドールの製作依頼らしいっすよ」
谷というのは、数少ないスフェーンの常連である。元々は辰良の客だ。
「わかった、すぐ行くから。離れてくれ」
「はいはい、戻るっす」
無神経なのか何なのか。作業中であろうと構わず話しかけてくるような人物ではあるが、それにしたって男がシャワーを浴びている時に声をかけるとは思わない。
念の為バスタオルを腰に巻いてそっと外に出たが、丹尾の姿はなかった。無事にレジへ戻ってくれたようだ。
「勘弁してくれ」
急いで着替え、髪を温風にさらす。細い髪は水分を含みやすく、乾かすのにも時間がいる。この時ばかりはショートカットが羨ましい。
ドライヤーの電源を切っても若干湿ってはいたが、これ以上客を待たせる訳にもいかない。急いでエプロンを着用し、一階にいる谷の元へと向かった。
「すみません、お待たせしました」
「いやいや、急に呼びつけてしまってすまないね」
破顔をして、恰幅のよい体を揺らす。
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