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「……お気持ちはお察しします。ですがやはりうちでは手に余ります」
「そんなあ……ドールの指を人間の大きさで作るのって、そんなに難しいんですか?」
「出来ない訳ではないと思います」
「ならお願いします、どうしてもお願いしたいんです。母と妹の反対もなんとか説得して来たんです。私、このまま帰れません」
失った指を動かせもしない球体関節にしたい、などと言い出せば反対するのも無理はない。親の立場であるなら尚更だ。
「納期の見通しが立たないんですよ。どれだけの工数がかかるのか、正直未知の領域です。工数が建てられなければ、見積もりだって立てられません」
「お渡しは遅くても、全然。もちろん手が全部崩れちゃったら使えなくなってしまうので、いつまでもという訳ではないんですけど」
「……製作期間は長く取れると」
「はい……あとは見積もりさえどうにかなれば、この依頼も受けられるってことですか?」
納品まである程度余裕があるのならば、予算次第ではあるものの依頼を拒む理由はない。技術的な懸念はあるが、依頼によってドールのスケールが変わるのはよくあることだ。それが人間大になり、かつ限られた製作範囲のことを考えれば、おそらくそう難しくはない。
「まあ、そうなりますかね」
「よかった、それなら大丈夫です。お金の用意もありますから」
そう言うと樹は手をジャケットのポケットに突っ込んでまさぐり始めた。だが指のない手では何かを思うように取り出せないのか、何度も出し入れを繰り返している。
「すみません。手、借りてもいいですか? お金はアウターのポケットに入ってますので」
女性の衣類に手を突っ込むという行為には少し抵抗を覚えつつも、失礼します、とだけ断ってデニム生地のジャケットに手を伸ばした。
ポケットの中には一枚の紙切れがあった。厚みからコピー用紙ではなさそうだ。朗義がその紙を裏返すと、六という数字にカンマが二つ、ゼロが六つ記された表面が現れた。捺印もある。紛れもなく小切手である。
「ろっ……」
「指だけの義手は、オーダーメイドで一本十万円くらいが相場でした。今回は足の指も製作していただきたいので、全部で二十本。相場の約三倍です」
スフェーンの客足は乏しい。ドールは一ヶ月に三体売れればよい方で、オーダーメイド製作の依頼も開業三年目にして両手で数えられる程度だ。収入は店舗の維持費と節約を重ねた朗義の生活費で消えてしまう。そんな状況の中降って湧いた六百万円という額からは、あまりにも甘い香りがした。
「こんな大金、しかも小切手って」
「絶対に作って欲しいって言って、恥ずかしいことですけど母に出してもらいました」
この一言からでも、実家の太さが伺える。上品な佇まいも端麗な容姿も、優れた家庭によってもたらされたものなのだろうか。
「その……失礼かもしれませんが、ご病気はこれからも進行されるんですよね」
「そうです。もし手が崩れてしまったら手を、腕が崩れてしまったら腕の製作をその都度お願いすると思います」
「その度にこの額で?」
「あ、いえいえ。製作していただく範囲が大きくなればもっと出しますよ。もちろん」
「いやっ。心配しているのはそこではなく」
「あっ、そうですよね。そもそも六百万円で足りなければ増額しますので」
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