第30話 「藤崎の正体」
「龍、お前はどうだ?ここ最近、
何か気になることあったか?」
龍は、少し間を置いてから口を開いた。
「……藤崎さんって女の人に、
お客さんなんですけど誘われて、
講演会に行ったんです。
フューチャー・ヴェイルっていう
……あの、さっき僕が一緒にいたあの女の人」
天城が眉をひそめる。
「あの女、フューチャー・ヴェイル…?」
龍が続ける。
「都市と意識の交流会っていう名前で、
でも……壇上にノクスの名前が出てきて……」
「ハーグリーヴス・ユウキって人が出てきて
……でも、博士は死んだはずで……」
「藤崎さんは、何も知らないふうだったけど
……いや、逆に全部知ってるようにも見えて……」
天城が目を細める。
田辺が、腕を組みながら呟く。
「……やっぱり、匂うな。あの女」
「お前は、黙ってろ」天城が田辺の頭を叩く
カヲルは、龍の目を見つめる。
「龍さん。もう“境界の向こう側”にいる。
ここから先は、選ぶしかない。
見るか、見ないか。動くか、止まるか」
―
天城は、カヲルの方を向いた。
その声は、いつになく鋭かった。
「カヲル。藤崎を調べろ」
カヲルは一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。
「了解です」
―
天城は龍に向き直る。
「下の名前は?」
「……沙耶です。藤崎沙耶」
「住んでる場所は?」
「えっと……港区の芝浦あたりって言ってました。
高層マンションの上の方に住んでるって……」
カヲルはすでに端末を操作していた。
指先が滑るように動き、
複数のウィンドウが立ち上がる。
データベース、
SNS、
論文検索、
渡航履歴、
金融記録――
そのすべてが、無音のうちに解析されていく。
数分後、カヲルが口を開いた。
「出ました。藤崎沙耶――表向きの名前です。
本名は、藤崎サヤ・ヴァレンティナ。
父親はスペイン系アメリカ人、母親が日本人。
東京大学法学部を首席で卒業後、MITに留学。
専攻は“認知科学と都市設計の相関構造”。
在学中に、MED傘下の思想設計団体
“フューチャー・ヴェイル”米国本部に所属。
帰国後は、同団体の
“アジア戦略ユニット”に配属され、
都市政策アドバイザーとして複数の自治体と契約。
テレビやマスメディアにも多数出演。
“都市の感情設計”というテーマで
TEDにも登壇しています」
龍は、目を見開いた。
「……え? ハーフだったの?!」
「確かに……言われてみれば……」
彼女の顔立ち、話し方、
あの柔らかい笑顔――
どこか“日本人らしさ”に収まりきらない違和感が、
今になって浮かび上がる。
カヲルは、さらに画面を切り替える。
「ただし、ここからが本題。
彼女が関わっていた
“都市感情プロジェクト”の一部が、
MEDのサブユニット“ECHO”と
資金的に繋がっていた形跡があります」
天城の目が鋭くなる。
「ECHO……
あの“感情誘導アルゴリズム”の実験部隊か」
「はい。しかも、彼女が帰国した直後に、
芝浦・品川・天王洲で
“共感指数の異常上昇”が観測されています。
すべて、彼女の講演やワークショップが
行われた場所と一致します」
田辺が低く唸る。
「つまり……あの女、
東京そのものを“調律”してるってことか」
カヲルが頷く。
「東京の“感情帯域”を操作して、
人々の判断力や共感性を
微細にコントロールする。
それが、彼女の“仕事”だった可能性が高いです」
龍は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
あの柔らかい笑顔。
あの自然な距離感。
あの“誘われた”講演会。
すべてが、計算されていた――?
天城が、静かに言った。
「……やっぱりな。
あの女、ただの案内役じゃねえ。
“思想感染”のフロントだ」
―
カヲルは、さらに画面を拡大する。
「そして……東京地検特捜部の黒崎透との
通信痕跡を発見しました」
その声が静かに響いた瞬間、
室内の空気が一瞬で凍りついた。
「……は?」
田辺が、声を漏らす。
天城の目が鋭く細まる。
「黒崎透……嘘だろ?!
あいつと繋がってるのか?」
カヲルは頷く。
「通信は暗号化されていましたが、
プロトコルの一部が“司法監視網”と一致。
しかも、送信元は藤崎の端末。
内容は不明ですが、
頻度とタイミングから見て、
定期的な連絡があったと推定されます」
田辺が、椅子の背にもたれながら呟く。
「……マジかよ。あの女、
検察の黒崎と繋がってるって……」
龍の中で、何かが“はじけた”。
「……黒崎……?」
その名を口にしたとたん、
記憶の奥底から、あの夜の光景が蘇る。
――あの冷たい目。
――無駄のない立ち居振る舞い。
――「余計なことは……なさらないように」
――そして、名刺に刻まれた名前。
龍は、言葉を探しながら、
記憶をたぐるように語り出した。
「……あいつ……来てた
……藤崎さんがうちの店に来た日の夜です。
閉店間際に、もう一人、黒崎さんが来たんです。
黒いスーツで、同じ日ですよ。
僕もあの22億のヴィーナスゾーンの事件以来で…
あの時は、ただの検察官だと思ってた。
でも、今思えば……おかしかった。
スタッフにも目もくれず、俺だけを見て、
“何もしないでください”って
……あの言葉、ずっと引っかかってたんだ」
天城が低く唸る。
「……藤崎と黒崎が繋がってる。
しかも、お前の店に二人とも現れてる。
同じ日に。
完全に“接触ルート”として
マークされてたってことだ」
カヲルが、静かに補足する。
「黒崎透――司法監視網の中でも、
最もアクセス権限が高い人物の一人。
彼の動きは、通常の検察官の範疇を超えています。
MEDとの非公式な接触記録も、
いくつか確認されています」
龍の背筋に、冷たいものが這い上がる。
(……俺は、あの時すでに“見られていた”んだ)
―
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