第29話 「再会と覚醒」

———


「先月から、ここでカヲルを預かることにした」

天城が静かに言った。

「なんせコイツは狙われてるからな。守ってやってる」

カヲルは、モニターの前で振り返りながら微笑む。


「……多分、監視も同時にされてますけどね」


場が和み、田辺が笑いながら肩をすくめる。

「まあ、ここなら誰も入ってこれないっすよ。海の下ですから」


龍は、カヲルの姿を見て少しだけ呼吸が整ったものの、

疲労と情報過多で頭が痺れていた。


(海の下? カヲルは監視されてる? 藤崎と黒崎は……?)


彼は思わず、奥の作業スペースへ視線を移し、

少し離れた場所にある金属製の作業台の縁に寄りかかった。

■東京湾第七通信管制拠点 


天城が、奥の作業スペースを指差す。

「カイトとイリスだ。紹介しておく」


カイトは、黒いフードを被ったまま、

静かに手を挙げた。

イリスは、白衣の下から鋭い視線を送る。


カヲルが、二人との出会いを説明する。

「イリスは、ベルリンの廃工場で。細胞共鳴の専門家で、私の“見えない時間”を10秒延ばしてくれた」

「カイトとは、イスタンブールの喫茶店で。古文書の翻訳者って顔をしてるけど、実はノクスの非公式ルートの天才ハッカー」


「二人とも、マルドゥク側からみればスパイだね(笑)こっちの仲間だから」


龍は、作業台に寄りかかったまま、

視線だけをカヲルに向けた。


龍の視界の片隅には、

奥の巨大なメインモニターに映し出された、

クールなロゴが焼き付いていた。


《SYNAPSE-33》


(……シナプス・サーティスリー。

   うちの店と同じ、33。こ、これは)


以前、カヲルが電話の暗号で「33はファイφに反応する」と

話していたことを思い出す。


その時は意味不明だったが、

今は、この地下施設とカヲルたちのプロジェクト名が同じ


《SYNAPSE-33》。


龍は、無意識に藤崎が講演会で言った

「都市は、感じ取れる人を選ぶ」という言葉と、

深夜にPCで見た「黄金比”ファイφ”の螺旋」に

関する画像を頭の中で重ね合わせていた。



「ノクスコレクティブ?!」

龍は、驚きとともに呟く。

「……ノクスって、博士死にましたよね?確かニュースで……」


カヲルが、静かに答える。

「そう。すべて、インペリウムの指示。

だから、二人をここに避難させたの」

カイトが口を開く。

「はい。次に狙われるのは、僕が以前勤務していたルミナス・コンソーシアムの代表――“エリック・ヴァン=デル=マール”」

イリスも一緒に喋り始める。

「彼は、都市意識の“中枢構造”を設計した人物。もし彼が消されれば、都市の秩序は一気に崩れる」


天城が、壁の端末に手をかけながら言う。


「とりあえず今、カヲルにやってもらってるプロジェクトの

メンバーと技術構成だ。見ておけ」


天城が操作すると、

メインモニターに以下の情報が

クールなグラフィックで浮かび上がった。


(モニターには、メンバーの顔写真と技術が並び、

  そのグラフィックの隅には、

    大きく《SYNAPSE-33》のロゴが光っていた。)


「ここにいる全員、マルドゥク側から見れば“消されるべきノイズ”だ」

天城はそう言ってモニターを指さす。


「カヲルは意識同期、イリスは細胞共鳴、カイトは空間周波数のスペシャリスト。こいつらがいるから、俺たちは海の下で反撃できる」


龍は、そのロゴから目が離せなかった。

(……シナプス・サーティスリー。うちの店と同じ、33。)

心臓が重く脈打つ。

彼が知っていた陰謀論と、

彼の日常のすべてが、この数式と名前に収斂していく感覚。


「……天城さん」

龍は口を開いたが、声が震える。


「この……プロジェクト名。『33』って……」


天城は真剣な表情に戻り、龍の目を見つめ返す。

「そうだ、龍。だから、この場所も俺たちは

『SYNAPSE-33』と呼んでる。

うちの店とお前が、この戦いの中継点なんだ。

……それで、聞きたかったのは?なんだ?」


龍は、天城の真剣な瞳から逃れず、覚悟を決めて尋ねる。

「……“33がφに反応する”って、

   どういう意味なんですか?」



カヲルは、モニターの端に表示された

数式を指差しながら答える。

「33という数字は、単なる偶然じゃない。

地球の構造、意識の帯域、すべてが交差するの」


イリスが前に出てくる。

彼女は携帯型の計測器を操作し、

その小さな画面を龍の目の前にかざした。

「まず、黄金比――$\phi$(ファイ)。約1.618。

これに共鳴する周波数帯が、

ちょうど33Hz前後に存在する。

人間の細胞にダイレクトにアクセスする周波数よ。」


龍が眉をひそめる。

「細胞に……アクセス?」


「そう。人は、知らない音楽でも良い曲だと感じたり、

嗅いだことのない匂いを良い香りだと判断するでしょう?

それは、

脳が判断する前に、

細胞伝達物質が周波数にアクセスし、

脳のシナプスと連携を起こしているからよ。」


イリスが淡々と続ける。

「人間の脳波で言えば、33Hzは“意識の閾値”に近い。

覚醒と夢の境界、現実と虚構の接点。

この帯域にノイズが重なると、認識が変わるの。

私たちが恐れているのは、

マルドゥクがこの細胞へのアクセス権を握り、

意図的に意識を書き換えることよ。」


龍は、藤崎と歩いた湾岸の夜、

セッションで感じた


**「誰かが意識に触れた感覚」**


を鮮明に思い出した。

胸が締め付けられるような、強い恐怖が全身を襲う。

そのとき、

カイトが静かに発言した。


「そして都市の構造だ」


メインモニターに、

東京の立体的な地図が瞬時にオーバーレイ表示される。

地図上には、地下鉄の分岐点や電波塔の位置が

赤くハイライトされ、

それらが交差するいくつもの線が、

正確に33°の角度や33メートル単位の距離を示していた。


「東京の主要交差点、地下鉄の分岐、電波塔の配置

――意図的か無意識かは別として、

**都市の皮膚に刻まれた『φの螺旋』**だ」


カヲルが静かに、だが強い眼差しで龍を見つめた。

「そう。“33”は都市の皮膚に刻まれた『次元の鍵』”。

それがφに反応する時、都市は鍵を開き始める。

そして、私たちはその情報の波に巻き込まれる。

龍さんの店も……」


龍は、その場で立ち尽くした。


(俺の店、“studio33”……ただの偶然じゃなかった。

俺の日常こそが、世界の鍵だったのか……?)


彼の背筋に、熱い覚悟のようなものが走り、

彼の心臓の鼓動が、

海の下の暗闇の中で、

静かに加速し始めた。

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