第25話 「講演会 ― 境界の向こう側」
■湾岸エリア・講演会場
―2021年7月14日―
東京の空は、
真夏の光を湛えながらも、
どこか鈍く霞んでいた。
湿気を含んだ風が、
電車の窓を曇らせる。
龍は、車窓に映る自分の顔を
ぼんやりと見つめていた。
(……なんで俺、来てるんだろうな)
藤崎に誘われたのは、ほんの数日前だった。
「都市と意識の交流会があるんです。
龍さんなら、きっと何かを感じ取れると思って」
その言葉に、なぜか断れなかった。
“感じ取る人”――その響きが、
どこか自分の奥に触れた。
―
駅前には、送迎バスが待っていた。
白い車体に、控えめなロゴ
――「Future Veil」
フューチャー・ヴェイル。
バスの前で、誰かが乗客リストを確認していた。
「……藤崎さん?」
彼女は振り向き、ぱっと笑顔を咲かせた。
「龍さんっ!ほんとに来てくれたんですね!
嬉しい~!」
白のノースリーブに、
ベージュのロングスカート。
夏の光をまとったような装いに、
龍は一瞬、言葉を失った。
だがその笑顔は、
どこか“計算された温度”のようにも感じられた。
―
バスの車内は静かだった。
すでに数人の参加者が座っていた。
皆、無言で窓の外を見ている。
どこか“同じ空気”を纏っていた。
龍は藤崎の隣に座る。
彼女は手帳を開き、
何かをさらりとメモしていた。
その所作は、
まるで“儀式”のように整っていた。
―
到着したのは、
ガラスと金属で構成された巨大な複合施設。
その一角にあるホールが、今日の目的地
――「フューチャー・ヴェイル講演会」の会場だった。
「……すごいな」
「未来の都市って、こういう感じかもしれませんね」
藤崎が微笑む。
だが、龍の胸の奥には、微かなざわめきがあった。
―
■講演の開始
ホールに入った瞬間、空気が変わった。
300人を超える参加者たちが、
整然と並んだ椅子に座り、ステージを見つめている。
ざわめきも咳払いもない。
まるで、全員の感情が“ひとつの意識”に
統合されているようだった。
呼吸も、視線も、反応も
――すべてが“設計された共鳴”に見えた。
照明が落ち、スクリーンにロゴが浮かび上がる。
Future Veil
壇上に現れたのは、白髪の男
――フューチャー・ヴェイル代表、朝倉理一郎。
「我々は今、“都市の意識”を
再定義する時代にいます。
情報は飽和し、
感情は分断され、
人間の生きていく上での”人権”や”保障”
そして・・
人間の“思考”そのものがノイズに埋もれている。
だからこそ、我々は“新しい秩序”を
必要としているのです」
都市を“意識体”として捉える視点。
情報と感情の相関。
そして“ノイズ”という言葉の多用。
(……なんか、聞いたことあるような……)
―
「本日、皆さんにご紹介するのは
――“次世代プロトコル端末”です」
スクリーンに映し出されたのは、
黒い手のひらサイズのデバイス。
中央に、螺旋模様。
その下に、英語でこう記されていた。
Project MORPHEUS
Developed by NOX COLLECTIVE JAPAN
(……モルフェウス……?)
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