第2章  忍びよる陰謀

第4話  「来訪者たち」

夕暮れ。

常連客が帰り、店内に静けさが戻る。

そのとき、ドアベルが鳴る。


「こんばんはー!予約してた田辺です!」


チェックシャツに明るめのデニム。

四十前後、背筋の伸びた男。

笑顔がやたら爽やかで、声も大きい。

「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」


クロスをかけて椅子に座らせると、

田辺は周りをきょろきょろと見回した。

「へぇ~!おしゃれですねえ! 一人でやってるんですか?」

「はい、完全に一人なんで。落ち着いた感じを大事にしてます」

「いやぁ、いいなぁ。僕、こういう“隠れ家感”大好きなんですよ」

声は明るく、雑談もスムーズ。

趣味の話、最近のニュース、

街の出来事――どれも軽い。

ただ、その合間に妙に“人の反応を探るような質問”が混じる。


「龍さんって、昔から池袋ですか?」

「ええ、まあ。長いですね」

「ご家族は? ご兄弟とか?」

「……ああ、兄が一人。今は地方に」

「へぇ~、じゃあ東京はずっとお一人で?」


(……なんだ、この感じ。履歴書でも書かされてるみたいだ)


カットを進めながら龍が内心で首をかしげていると、

田辺は不意に声を落として言った。

「……いやぁ、でもいいですよね。

美容師さんって、いろんな人の話を聞けるから」

「そうですね。まあ、面白いですよ」

「人間観察にはもってこいだ」

にやり、と笑った笑顔が一瞬だけ冷たく見えた。

シャンプー台へ案内すると、

田辺はふと口にする。


「いやぁ、この辺りもずいぶん物騒になりましたよね。

ほら、例の…111店舗の売上が消えたってニュース。

あれ、美容業界の人には身近な話なんじゃないですか?」


わざとらしく軽く口にするが、その目は笑っていない。

一瞬だけ、鋭い観察者の目をした――気がした。

龍はドライヤーを回しながら、心の中で呟く。


(なんで俺の反応を探るみたいな言い方をするんだ…?ただの世間話か?)


だが、田辺はすぐに冗談めかした口調に戻る。

「いや~、俺なんか小心者なんで!

 財布から千円無くなるだけで大騒ぎ!

22億なんて…もう想像つかない!」

豪快に笑いながら、まるで違和感を打ち消すかのように場を明るくする。


カットが終わると、

田辺は鏡を見て

「おお、すっきりした!さすが!」

と親指を立てた。

そして帰り際、何気なく名刺を置いていく。白地に「田辺商事」とだけ書かれた名刺。電話番号も、住所も、メールも何もない。


「また来ますよ!ありがとうございます!」

静けさが戻った店内。

龍は名刺を見つめながら、心の奥に残った“違和感”を噛みしめていた。



■「陰謀論美容室」

 

次の日…


午後の光が《Studio33》に差し込む。

昼のピークを過ぎ、龍が軽く背伸びをしていると、チリン、とドアベルが鳴った。


「こんばんは、予約していた藤崎です」


ナチュラルベージュのコートにエコバッグ。

30代半ば、柔らかな笑顔の奥に鋭い観察眼。

「いらっしゃいませ。どうぞお掛けください」


龍はクロスを掛けながら、

カウンセリングをする。


世間話が始まり、天気、スーパーの値上げ、オーガニック食品。よくある風景だ。

だが、藤崎の言葉には、

どこか“思想の匂い”が混ざっていた。


「体に入れるものって大事ですよ。

輸入頼りすぎると、生活揺れますから。

だから地産地消を応援してます」

鏡越しに微笑む龍。


藤崎はさりげなく

自身の「フューチャー・ヴェイル」の活動を紹介。


柔らかい口調の奥に熱意が滲む。

「社会って、“同じであること”を求めすぎです。

もっと多様性を認めて自由に選べる社会じゃないと」

授業みたいな口調。龍は胸の奥が重くなる。


(普通の雑談なのに…なんで思想が滲むんだ…?)


藤崎がにこり。

「ところで、最近の政府の動き、

ちょっと都市伝説チックじゃないですか?

裏でいろいろ仕組んでる感じ、しません?」

龍の目が一気に輝く。

「そ、そうなんですよ! 実は俺……あの選挙のニュースには裏があって……!」

そこから会話は爆速に。


監視カメラ、食料危機、SNS操作――

店内は一瞬で“陰謀論カフェ”に変貌する。

「美容師さんって、いろんな人の“裏側”を見抜いてますよね?」

藤崎の言葉に、龍は手を止めかけ、慌てて笑う。

「いやいやいや、ただの美容師ですよ(笑)」


「……そうですか~(笑)」



「いや、そうですって(笑)

——あ、あと、まあ、そうですね〜

強いて言うなら"裏側"とかじゃなくて——


 "いつもの自分の姿"を知る事が

     大事なんじゃないですかね〜」


藤崎は、言葉が何故か見つからなかった

「………。!」


龍は、この空気を元に戻したかった。

「…あ!、いや、すいません!なんか、急に

訳の分からない事言って」


「…っあ、違います!聞き入ってしまっただけで!気にしないで下さい!!」


藤崎の柔らかい笑顔の奥には、計る光。

龍はその目を見ながら、どこか“試されている”ような感覚を覚えた。



「ありがとうございました。すごく軽くなりました」

バッグを肩に掛け、ドア前で立ち止まる藤崎。

「私たちの活動、また今度詳しくお話しします。

きっと興味持っていただけると思うので」

ベルが鳴り、藤崎は去る。


龍は鏡越しに自分を見つめる。

(ただの活動家…のはずなのに、

陰謀論詳しい人だったな~!面白い!

……でも、なんか、引っかかる)

その“引っかかり”だけが、妙に心に残った。

 

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