第4話 傷痕

 とりあえず寝よう。

 そして明日考えよう。

 なごみは思考を先送りにした。切り替えていくことが幸せに生きる秘訣である。とにかく明日を迎え、改めて警察に電話する。

 今度は銃刀法違反の犯罪者としてではなく。

 保護されるべき自殺志願者として、のどかを保護してもらう。


 そうすれば、彼女の両親にも連絡できるだろう。

 それとなく探ったが、のどかは、家族と連絡したくない様子だった。


 他人の家庭事情など知らない。

 子供を自殺に追い込むような家系、子供に銃を持たせるような家庭など、想像するだけで眩暈がする。なごみは良心的な家庭で育ったために、その想像力も高いわけではない。

 だが。

 一人で死を選ばせるよりは、ずっといい。

 警察が間に挟まれば……親子関係も、何か動きがあるだろう。


「着換え、ここおいとくねー」

「はーい」


 ラーメン屋『なごみ』二階。

 なごみの生活空間、橋原家。その浴室。

 しゃー、とシャワーの音と湯気が、着換え場と浴室を遮る曇りガラスのドアを曇らせている。

 なごみはそれとなく、のどかが脱ぎ捨てた服と、荷物を見た。


 白い、少女の香りの残るワンピース。

 下着はなく(!?)。

 明らかにいかつい――ホルスターと、拳銃。


「……幻覚じゃなかった」


 黒いホルスターだ。古めかしい拳銃だ。

 なごみは『回転式拳銃リボルバー』という言葉を思い出した。弾倉がくるくると回転する、レンコンみたいになっている銃。西部劇でよく見るやつ。

 ホルスターに収まったそれに、なごみは手を伸ばし――


「いけませんよ」


 ――がしっ、と。

 濡れた、小さな手に、手首を掴まれた。


 浴室から出てきた、銀髪の少女――長い髪の毛を身体に張り付かせながら、白く焦点の合わない瞳がなごみを見上げる。

 細い身体、火照って赤く染まる肌。


 浮かび上がる、無数の傷痕。


「……わぁ」


 切り傷。

 刺し傷。

 火傷。

 よく分からない傷。

 虎にでも引っ掻かれたのではないかと思う傷。

 ぬいぐるみのパッチワークみたいに繋がれた傷。

 それが、十二歳の少女――多比良のどかの全身を、痛々しいほどに、赤く埋め尽くしていた。


「…………えっち」

「あ、ごめっ」

「したぎどろぼーならゆるしますが、じゅうどろぼーはだめです」

「下着ないじゃん!」

「『チリコンカンSAA』。せーしきめいしょう『A1873』。通称『ピースウォーカー』」


 ホルスターから拳銃を取り出す、のどか。

 西部劇みたいに滑らかで、美しい構え――銃口が、なごみに向けられる。


「そうだんすうは6はつ。45こーけー。

 さどーほうしきはシングル・アクションで、あんぜんそうちはありません。かんたんにして、かんたんにひとをころします」

「いや、あの……っ!」

「そうだんすうは6はつ。いいですか? 6はつです」


 湯気を纏う少女が、なごみの視界を染める。

 火照って赤く浮かぶ無数の傷痕。

 張り付く銀の髪。白い瞳。

 少女の匂いがした。


「――いっぱつで人をころせるのが、6かいぶん。はいってるんですよ」


 脅されて、いる。

 なごみが息を呑む。

 目の前の少女は、見た目通りの年齢とは思えないほど――白い瞳に、悲しいものを孕んでいる。しかし、なごみは別のことを考えた。


「……でもさ」

「はい?」


 大事なことだ。


「殺さなかったじゃん、強盗」


 ため息。

 細い、のどかの指が動く。



 くるくると回転するリボルバー。

 すらり、と。音もなくホルスターに収まる。



「……あわよくば、てんしんはん代をちょろまかし……」

「駄目です」

「そんなぁ」





「あ、布団ひとつしかないけどいいよね?」

「あなた、どきょうばけものですね?」

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