第5話 夜

「……ほんとに、ねちゃった」


 パジャマ姿……なごみが小学生の頃に着ていた、飛行機模様のぶかぶかの白いパジャマ……を身にまとい、のどかは、一緒の布団ですやすやと寝息を立てる女の子に戦慄した。


 これが日本の女の子か?

 警戒心が無さすぎる。

 あるいは、肝が太すぎる。


 のどかは銀の髪をしなっとして、白い頬をへにゃっとした。

 気が抜けたのだ。

 『リボルバーで脅したのに、まったく効いていない』という事実に。


「……おひとよしさん」


 ぺたぺた。

 白い、あどけない、幼いのどかの指が、なごみの頬に触れる。

 のどかは目が見えない。この、宿を恵んでくれた少女の顔も、とてもではないが認識できないのだ。だから声を、肌を、手触りを、匂いを覚える。


 ふわふわした平和な匂い。

 整っているらしい顔立ち。

 大人びてるけど、可愛い声。

 肩ぐらいまで伸びた髪。さらさら。

 ほっぺをつんつんされても、まったく起きない……寝息を立てる少女。


 歳の頃は十七歳くらいだろう、と。指先の感覚だけでのどかは判断した。両親らしい人物がいないのは、なぜだろう。

 そんなに歳若いのに。

 銃を持った強盗に襲われた、死んだかもしれない日の夜に……すやすやと眠れているのは、なぜなのだろう。


 はそうじゃなかった。

 はじめて殺した夜。

 はじめて死にかけた夜。

 おねしょだって漏らした。思い出したくないけど。でも、目の前の少女は……ぜんぜん動じていないで、すやすやと眠っている。


「すごいね、なごみさん」

「食い逃げは許しまへんで……地の果てまで追い詰めむにゃむにゃ……」

「……すごいね」


 夜闇に乗じて食い逃げする、という手まで寝言で封じられた。

 聞かなきゃよかった。


――――『でもさ、殺さなかったじゃん。強盗』


 あんな。

 人を疑うことを知らないような、まっすぐな声とか。


「むぅ……」


 胸がざわざわする。

 どきどきする。

 中華料理を食べ過ぎたかもしれない。あれは油の量が尋常ではないから、と。教育係が言っていた言葉を思い出す。だったら運動した方がいい。このまま寝てはよくない。


 


 階下、一階のラーメン屋部から聞こえる、がさがさという音。

 のどかは目が見えない。

 だから、音と肌の感覚だけで、生きて来た。

 素人の盗人の足音は……夕暮れ、このラーメン屋を襲った強盗の足音は、完全に把握している。


 枕元のホルスターから、リボルバーを抜く。

 のどかは、なごみを起こさないよう静かに布団を抜け出して、階段を降りた。



「も……ッ! 燃やしてやるッ! こんな寂れた店ッ! 俺をッ! 俺を馬鹿にしやがって……ッ! ガキが、ガキが、ガキが……ッ!」



 厨房に身を屈める覆面の男……その背後に、音もなく、なごみは接近。

 後頭部を、リボルバーの銃把握り手で殴りつける。


「がッ」


 意識を刈り取られる覆面の男。

 カランと落ちる音。

 ライターだ。

 のどかはそれを拾い上げてから、昏倒した男の身ぐるみを剥ぐ。服を破り。ズボンを脱がせ、下着まで剥がす。汚いものは見ない。見えないから。


「な……ッ! 何、しやが……ッ」


 目覚めた男をもう一度殴りつける。

 昏倒したので、服をロープ状にして硬く縛り上げる。

 口にも布を噛ませる。


「むぐッ! むぐォッ! むぐー!」


 そのまま、ずるずると、店の外まで引きずっていく。


「んっしょ、んっしょ」

「むごもごがー!?」


 通りの真ん中、どこにも引火しないような場所で――余った下着に火を点ける。


「!?」

「ころしはしません」

「むぐもごッ! も……もごォー!?」

「でも、もっとひどい目にあってもらいます……とはいえ、よるは、ひえますからね」




 翌朝。

 がくがくと震える、全裸で亀甲縛りを施された放火未遂犯が、朝の散歩をしていたお婆ちゃんに見つかった。

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