第7話 仮の住まい

「父さん! あぁ、なんてことでしょう。私たちの一人息子が、幼女を家に連れ込むような輩になってしまいました」


 家に入るや否や、僕の母は膝から崩れ落ち、戸棚に置かれた父の遺影にすがりついた。母はブラウンのワンピースに白いエプロンをまとい、母の栗色の長い髪は、ひとつにまとめられていたことから、料理の途中だったようだ。


 中央にテーブルだけが置かれたこぢんまりとした木造りの家は、大木に隠れるように建てられている。


 この家は、椅子と簡易ベッドだけが置かれた簡素な作りであり、街に建てられた住居とは異なる。


 僕たち猟師の家は、ほとんどが仮の住まいだ。森を転々としながら生きているため、集落を作ることはなく、互いの住む場所だけを知らせ合っている。それは、万一魔獣に襲われたとき、一家族が襲われている間に他の家族が逃げられるように考えられた仕組みである。


 そして移動を繰り返す僕たちは墓を持たない。


 死すれば肉体は自然に返し、魂は木彫りの小さな札に収めるのが習わしだった。


 僕の父の札は壁に立てかけられている。母は父の遺影を胸に抱いておいおいと泣き続けている。


「母さん。落ち着いて。フェリスは行き倒れていたんだよ。だから僕は助けてきた。困っている人は助けなさいって、父さんがいつも言っていただろう? 父さんもきっと喜んでいるはずだよ」


 母は父の遺影を抱いたまま、僕をにらみつけて口を尖らせる。


「そうなの? それに勇者になるって出て行ったのに、幼女を連れて戻ってきたものだから、つい。カッとなって、連れ去ってきたんだと」


「僕はどれだけ信用がないんだよ。ほらフェリスもなんとか言ってくれ」


 隣に立つフェリスは、笑いを噛み殺しながら傍観している。出会った時にはあれほど弱っていたのに、今は平然と立ち上がり、僕の隣に立っているのが不思議だった。


 それに考えてみればおかしいことはたくさんある。


 アーデルハイト一行は、フェリスを襲ってはいない。彼らは僕と同時に彼女を見つけた。ただ、彼女が魔族だと知り、結局は襲おうとしたのだ。


 僕は善意が先に立ち、後先を考えなかった。その様子はまるで父のようだと思う。


 父は子供の魔獣を見つけ、見逃そうと踵を返した瞬間に、潜んでいた母の魔獣に襲われて死んだ。その魔獣は四足で歩き、深い毛並みに覆われ、鋭い牙を持っていた。


 素早く移動し集団で獲物を狙うその魔獣は、孤塁こるいと呼ばれている。


 孤塁は僕の目の前で、父の体を裂いた。降り注ぐ血飛沫の中で、父は最期の言葉も残さずに果てた。僕は父が息絶えるのをただ見ることしかできなかった。そして猟師のしきたり通りに、父を残して逃げ出したのだ。


 僕は父の死が、猟師としては考えられないほど情けない死であると僕は思う。


 同時に僕は、自分がひどく残酷な人間に思えて仕方がなかった。だからこそ、魔族と呼ばれる相手にでも優しくありたいのだと思うのだろう。


 まるで呪いだと僕は思った。


 幾度も繰り返した終わりのない自問を繰り返していても、僕は答えが出ないことはわかっている。


 だからこそ呪いと呼ばれるのだろう。僕に父が遺した、他人に優しくせねばならないと言う呪いなのだ。


 しばらく母が落ち着くのを待って、フェリスが口をようやく開いた。


「母君よ。妾はこう見えても幼女ではないよ。ゆえに安心してくれ。都合が良いからこの姿をしているだけだ」

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