第3話
矢上
最終学歴は高校中退で、それ以降は海外の傭兵部隊で30過ぎまで数々の戦場に出向いては戦争や紛争に明け暮れていた。
矢上が十数年戦場に居続けて悟った事は単純明快で、人は死ぬというごく当たり前の事だった。
強くても死ぬ。偉くても死ぬ。金があっても死ぬし、理想や執念があっても死ぬ。銃弾は素直で平等だ。当たり所が悪いとほぼ死ぬ。誰だろうと関係ないし鍛えてたって関係ない。できる事は当たらないようにする事、ただ、それだけだ。
だから皆、弾のないところに行こうとする。弾の飛び交うところにいたら、いずれ当たって死ぬ。敵がそうだったし、味方がそうだったし、親友がそうだった。
だから、いずれは自分も当たって死ぬことになるだろうと矢上は思い込んでいた。だから親友の母親に遺品を渡した時も「ワタルはいつまでこんな事を続ける気だい?」と聞かれて答える事ができなかった。他に生き方を知らなかったから。この生き方で生きれなくなったら死ぬ時だ。そう思い込んでいた。
まさか銃のない母国でコーヒーを淹れて生きてるだなんて、思いもよらなかった。けれど、単純な話だ。知らなければ学べばよいだけだったのだ。銃以外の生き方を教えてくれたコーヒーの師匠には感謝しかない。
だからという訳ではなかったが、矢上は目の前の男たちがにわかに信じられなかった。
(わざわざ銃を排除したこの国に銃を持ち込んで、一体どうする気なんでしょうか)
情報屋から聞いた廃ビルに確かにテロ組織の一団はいた。ただ、見た目はてんでバラバラでただのチンピラの集まりのように見える。
潜入した矢上は心春を探して廃ビルを上り続け、結局最上階で見つけた。天井裏のダクトを通って通風孔の隙間からフロアを見下ろす。
電気の通っていない廃ビル内は暗い。撤去され忘れたデスクやチェアが散乱している中、携帯用のランタンが何個も持ち込まれ辛うじて光源を確保していた。その薄暗い中、心春は手足を縛られ目隠しをされた状態で床に転がされている。身動きする様子はない。目立った外傷は見当たらなかったがケガがないとも限らない。すぐにでも駆け寄りたかったが、周りには数名の犯人たちが囲んでいた。その中の一人がスマホで誰かと話しており、話し声が天井裏にも届く。
「はぁ、なんだと!?」
『だから娘は家にいる』
「ばかな! それじゃココにいる女は誰だ!?」
『私が知るか、マヌケな犯罪者め』
「あ!」
一方的に通話を切られると、電話をしていた男は唖然としていた。他のメンバーが尋ねる。
「どうした? トラブルか?」
「こいつは春日井官房長官の娘じゃない」
「は?」
「人間違いだと言ってるんだ! 作戦は失敗だ!」
どうやら本当に人違いで心春は攫われたらしいと分かり、犯人たちの間抜けさと心春の不運具合に矢上も思わず舌打ちが出た。
一方犯人たちは、残念がるなり腹を立てるなりするかと思いきや、喜色を浮かべて心春の元に集まり出した。
「ならこの女は用済みな筈だよな。楽しんで問題ないな?」
あまりの発想に矢上は表情を歪ませる。統率が取れていないにもほどがある。その行動にはさすがに目に余ったようで、リーダーらしい男もしばらく迷う素振りは見せたものの首を横に振る。
「そんな時間はない。すぐにそんな女を始末して撤退するぞ」
「何もしないで始末するのはこの女、勿体なさ過ぎるぜ? なあ、すぐ済ませるからいいだろ?」
床に転がされた心春をチラリと見る。
「いや……だが、しかし」
……どのみち急がないと困った事態になりそうだなと、矢上は行動に移す事にした。とはいえ、10人を相手どるなんて出来るもんでもない。二つ名持ちの英雄のような戦士ならいざ知らず、矢上はそんな危険を冒すつもりはなかった。矢上は手元のスイッチを押す。すると手元から飛んだ電波はちゃんと仕込んだ電子機器に届いたらしく、すぐに反応があった。
ゥイィィィィン……
突然聞こえてきたモーター音にフロアの空気がピリつく。やがて犯人たちの視線は奥のエレベーターで止まる。階層の数字の灯りが徐々に左から右に移動していく。
「やはりお楽しみはなしだ。すぐに女を始末して撤退する。お前たちは客人の相手をしてやれ」
男たちは口々に不満を漏らしながらエレベータの入り口を囲むと銃を構えた。一方、残った男も銃の安全装置を外すと、銃口を足元の心春に向けた。
「まったく、勿体ない限りだが仕方ない」
男はトリガーに指を掛けると筋肉が強張りだす。さすがに看過できず、少し早いが矢上は通風孔を踏み抜くとそのまま床に飛び降り、男と心春の間に割って入った。
「なっ!?」
男の反応は気にせず男に駆け寄ると懐に入り、手首を掴んで銃の射線を自分と心春から外して安全を確保する。次にまだ臨戦態勢になりきれていない相手の顎に向けて頭突きをかました。わけも分からないうちに顎に一撃を受け脳を揺らし増々男は混乱する。
そのまま矢上は銃を奪い取ると、銃のグリップで首元を殴りつけると男は気絶して倒れてしまった。その頃になってようやくエレベータの周りに集まっていた他のテロリスト達も異変に気付き、全員こちらに銃を向けた。矢上は両腕を上げる。ただ、目はエレベータを向いている。
「……そちらは注意しなくてよろしいんですか?」
矢上はエレベータの方を指差した。ちょうどその時、エレベータが最上階に辿り着く。
チン
そんな簡素な音が鳴るとドアが開き、爆音が轟いた。エレベータから爆風が巻き起こるとその周囲にいた男たちも吹き飛ぶ。
「……注意してもどうしようもありませんでしたね」
矢上はゆっくりと吹き飛んだ男たちに近づくと一人一人確認していく。意識があるものも数名いたが殴りつけて刈り取って行った。全員気絶した事を確認するとようやく心春のもとに向かう。
心春に外傷はない。首に指を添えて脈も確認するが規則正しいリズムを刻んでいる。少々脈が早い気もするがどうやら本当にただ眠らされてるだけらしく、ようやく矢上は安堵した。
「おうおう、随分派手にやってくれな?」
気配に気づかなかったとは随分なまってしまったらしいと矢上は反省する。仮に何も言わず撃たれていたら、それだけで終わっていた。声のした階段の方に顔を向ける。互いの顔を認識すると矢上も相手も苦い顔を浮かべた。知った顔であった。
「矢上? おいおい、傭兵を辞めて今度はエージェントにでもなったか?」
「まさか。巻き込まれたんですよ。向井さんこそ、テロリストになってしまったんですか?」
「革命に成功すれば、そうは呼ばれねーよ」
向井はそう言うと持っていた銃をこちらに向ける。腰のベルトには以前と変わらずマンベレを差していた。
向井は矢上の2つ年上の男で、同じ傭兵であった。味方だったことも敵だったこともある。マンベレというアフリカの投擲ナイフを好んで使う男だった。
矢上もテロリストから奪った銃を向井に向ける。
「提案なんですが、今回は見逃して貰えませんか? 僕は彼女を救助しに来ただけなんです。向井さんは僕らと関係ないところで革命とやらを進めたらいい」
提案に向井は矢上の足元を射撃して答えた。すぐ横には心春の身体が横たわっている。
「却下だ。その女は今回の計画の要だ。何よりココまでコケにされてあっさり帰せるもんでもねー」
「いえ、彼女は……」
なおも話を続けようとする矢上に対して、向井は銃口を向けた。さすがに未対応とはいかず、飛び退いて射線から外れる。その間に向井は距離を詰めてきた。
「矢上、御託はイイんだよ! 死に晒せや!」
「くっ、成長しない人ですね向井さんも!」
しばらく二人で銃撃戦を繰り返していたがやがて互いの弾のストックがなくなると、肉弾戦へと移行した。
「あいからずクラヴ・マガなんてお遊戯格闘術使ってやがんのかよ!」
「向井さんこそ、マンベレなんてアンティークを振り回してるですね?」
「アンティークって言うんじゃねぇ!」
「向井さんが罵り出したんじゃないですか」
お互い軽口を叩きながら、受け方を間違えると致命傷となる一撃を叩き込み合っている。
矢上も相手の呼吸を外したタイミングで急所を狙っているが向井の動きは野性的で予想がつきにくく、強引に外されてしまう。一方、向井の方もクラヴ・マガに裏付けられた矢上の合理的かつ最小限の動きは常に最短を求められるため、やりにくくて仕方ない。
命のやり取りはしつつも、膠着状態に陥っていた。
「そもそも革命って何ですか」
「俺たちの国を作るんだ。腐ってるこの国を、リーダーの指導の下に作り替えんだよ!」
「出馬されたらどうですか? もういい年の大人ですよね?」
「愚民にリーダーの崇高な理想は理解できねーんだよ!」
「では愚民のいない場所で国を作ってください。愚民なりに頑張ってる国なんですここは。勝手に崇高なものを掲げて荒さないでください、よっ!」
二人はしばし距離を取ると、息を整える。
「それはそうと」
矢上は顎で倒れている男たちを差した。
「組織の人間がお粗末過ぎではありませんか?」
「言うんじゃねーよ」
認識はあるらしく向井も苦渋を浮かべる。
「指導はしているがなかなかモノになんねーんだよ」
「へぇ! 向井さんが教えてるんですか!」
「バカにしてんのか?」
「いえ。ただ、お互い歳を取ったものだなと感じただけです」
そしてまた、それまでの会話がウソのように突然矢上は距離を詰めて喉へ一撃を仕掛ける。向井はそれを左手で弾くが、今度はその弾いた左手をキめにいった。向井はその手を強引に力で剥がす。その勢いのまま、向井は顔面に殴りかかった。矢上はそれを上半身を反らして躱した。
「だからって、間違った相手を誘拐するのは頂けませんね」
「はっ!?なんだと、あだっ!?」
矢上の一言で向井の気が逸れた隙に決定的な一撃が入り、致命傷は避けたものの弱ったところに更に一撃を受けて向井は気を失った。
(やるなら余所でやってください、まったく。いい迷惑です)
矢上は一息つくと、向井のスマホを拝借して警察に通報する。通話を終えるとスマホと使用した銃の指紋を拭き取って放り捨てた。エレベータを爆破した事を後悔しながら心春を抱き上げると階段を降りる。廃ビルを後にしたころ、ようやくパトカーのサイレンが聞こえてきた。
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