第2話


 テレビに出演していた料理研究会「Stella Kitchen」のメンバー達は、撮影が終わるとテレビ局の控室で緩み切っていた。


「めっちゃ緊張したね」


 部長が端的に言った。ちなみに部長は控室に入るなり緊張の糸が切れて床にへたり込んだままだ。部長の言葉に、周りのメンバーも口々に同意した。


「ほんと、そう」

「うまく喋れてたかなぁー?」

「やばい、緊張して変な顔してたかも」


 そんな中、心春はテレビ局から提供されたお茶で口を潤しながら痛切に思っていた。


(『すのうどろっぷ』のカフェオレが飲みたい! こんなペットボトルの緑茶なんかじゃなくてお店のカフェオレが!)


 随分舌が肥えたものだと心春自身思っている。けれどもお店のカフェオレがとても懐かしかった。そもそも仮にも料理研究会を名乗っている我々にペットボトルのお茶とはどういう了見だと、随分思い上がった事を考え出す始末である。撮影中に美味しい料理について語っただけに尚更そう思えた。

 控室に置かれたお菓子に手を出してはバリボリんでいる。お茶請けのお菓子はなかなか美味しかった。ちなみに控室でお菓子を食べ続けてるのは心春だけである。他は皆、テレビ撮影の事でお喋りに夢中であった。


「心春ちゃんは余裕だね。緊張しなかったの?」


 そんな心春に話し掛ける人物がいた。同期の春日井 桜子である。心春は内心イヤなコに絡まれたなと増々気持ちが沈んだ。


「そんな事ないよ?」

「ウッソー? 普段と変わらないように見えたけどぉ? 私なんて心臓バックバクだったけどなぁ。失敗したらと思うと緊張し過ぎちゃって死んじゃうかと思った」

「私だって緊張してたよ。ただ、まあ……」


 わいわい騒いでるサークル仲間を落ち着いた気持ちで見渡す。みんな失敗してないか、どうテレビに映ったかを心配している。


「ただまあ、ここで失敗しても命まで取られる訳じゃないし。なら平気かなーって」

「なにそれ? 変なの」

「変かな?」

「変だよ。 心春ちゃん、変わってるね」


 そう桜子は小ばかにしたように鼻で心春を笑った。心春は「そっか」とそれを受け流すとまたペットボトルのお茶をひと口飲む。せめてお湯と急須と茶葉を用意してくれればこっちで美味しく淹れてたのに、などと考えてた。

 桜子は、挑発にも無反応で上の空な心春に一瞬眉をしかめるも、興味を失ったのか別の人のところに行ってしまった。心春は人知れず安堵する。

 心春は桜子が苦手だ。事あるごとに突っかかってくる。そのくせ、服や小物、髪型をすぐ真似された。それも心春よりも良いモノで。背丈も近いため、友人からは後ろ姿だと見分けがつかないと言われてしまった。尤も、顔は全然似てないため「心春の引き立て役になってるの気づかないもんかねぇ」と心春の友人からは笑われていた。




******


(今頃心春ちゃんはテレビの取材中でしょうか。いえ、もう終わった頃かもしれませんね)


 矢上はそんな事を考えながら一人『すのうどろっぷ』でコーヒーを淹れていた。客は誰もいない。自分で飲むためである。今日もお店は平常運転であった。ここまでは。


 コンコンコン、コン、コンコン。


 店の裏のドアが特徴的なリズムでノックされた。矢上は腰を上げるとそちらに向かう。


「どちら様ですか?」

「ケバブを恵んで貰えねえか?」

「うち、喫茶店なんですよ。エスプレッソでも良いですか?」

「それじゃ腹は膨れねえよ」


 矢上は解錠するとドアを開ける。そこにいたのは矢上と顔見知りの情報屋だった。


「今日はどんな情報ですか?」

「お前の身内のことだ」

「僕に身内と呼べる人はもういませんよ」

「心春とかいう娘のことだ」

「テレビに出るのはもう知ってますよ」

「攫われた」


 そこで初めて矢上は血相を変えた。


「僕のしがらみですか?」


 情報屋は首を横に振る。


「違うな。攫ったのは『ブラック・フラッグ』の連中だ。30分ほど前にテレビ局の近くでやられた」


 あいからず耳が早いと思いながら、矢上は怪訝に思った。


「テロ組織が彼女に何の用です? 親が官房長官とかならいざ知らず、海鮮問屋ですよ?」

「そこまでは知らん」

「潜んでる場所は分かっていますか?」

「行くのか?」

「放ってはおけませんよ。場所は?」

「ここからは有償だ」

「払います。後で金額を提示してください。それより場所は?」

わたる、落ち着け。お代を少し勉強してやるから一度深呼吸しろ」


 そこで初めて動転してる事に気が付き、矢上は言われるままに深く息を吐いた。


「いいこだ」

「……ありがとうございます」

「場所は市内北区にある廃ビルだ。あいつらバカだから高層階を陣取ってやがる。人数は10人ほど。武装しているがさすがに日本だからか、小銃ばかりだ。マシンガンやランチャーの類はない」

「……あなたが優秀である事を差し引いても筒抜けですね。何かの罠……だとしても意味がなさ過ぎます。単に杜撰なだけ?」

「案外、心春ちゃんも誰かに間違われただけかもな」

「まさか。そこを間違えたら計画が全て破綻しますよ?」

「それもそうか」

「何にせよ、心春ちゃんを救出することに変わりありません。有益な情報ありがとうございました」

「毎度あり。今後も御贔屓に」

「次は正面からいらしてください」

「そうするよ。心春ちゃんの顔も久しぶりに見たくなった」


 情報屋が去ると、矢上は火の始末を済ませて店のドアに閉店のプラカードを掛ける。


「あれ、今日はもう閉めちゃうんですか? ちょっとだけ、ダメですか?」


 矢上がプラカードを下げる様子を見て、男が声を掛けてきた。


「すみません、この後イベントがあるので本日は早じまいなんです。またのご来店をお願いします」

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