第一章-2:裏切りの影

### 1


 霧島を倒した翌日、俺は大学に戻った。


 しかし、心は晴れなかった。


「蒼太、大丈夫?顔色悪いよ」


 美咲が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「ああ、ちょっと疲れてるだけ」


「また危ないことしたんでしょ。ニュース見たよ。渋谷で大規模な事故があったって」


 彼女は俺の手を握った。


「無理しないでね」


 その温もりが、俺を落ち着かせてくれた。


「ありがとう、美咲」


 彼女は少し照れたように笑った。


 その時、俺のスマホに着信があった。白鳥からだ。


「ごめん、ちょっと出るね」


「うん」


 俺は廊下に出て、電話に出た。


「神崎くん、すぐに本部に来てくれ。緊急事態だ」


 白鳥の声は、いつになく切迫していた。


### 2


 AEGISの本部に到着すると、緊張した空気が漂っていた。


 会議室には、白鳥、柊、そして神月結衣が集まっていた。


「どうしたんですか?」


 俺が尋ねると、白鳥は深刻な表情で言った。


「内部に裏切り者がいる」


「え?」


「昨夜、機密情報が漏洩した。ファントムに、我々の作戦計画がすべて知られている」


 柊が腕を組んで言った。


「昨日の作戦も、敵は待ち構えていた。偶然じゃない」


 結衣も頷いた。


「私が捕まったのも、内部情報が漏れていたからかもしれない」


 白鳥は俺を見た。


「神崎くん、君も標的だ。内通者は、君の情報をファントムに流している可能性が高い」


「誰なんですか、裏切り者は?」


「それが分からない。だからこそ、厄介なんだ」


 白鳥は資料を広げた。


「今から、内通者を炙り出す。そのために——」


 彼女は俺を見た。


「君の力が必要だ」


### 3


 作戦は単純だった。


 偽の情報を流し、内通者が動くのを待つ。


 そのための囮として、俺が使われることになった。


「危険な作戦だな」


 柊が眉をひそめる。


「でも、他に方法がない」


 白鳥は断固とした態度だった。


「神崎くん、本当に大丈夫か?」


 結衣が心配そうに聞いてくる。


「大丈夫です。それに——」


 俺は拳を握った。


「裏切り者を放っておけない」


 白鳥が頷いた。


「では、作戦を開始する」


### 4


 偽情報は、こうだった。


 「神崎蒼太が、単独で廃工場に潜入する」


 時刻は今夜の22時。場所は、臨海地区の廃工場。


 この情報を、限られたメンバーだけに伝えた。


 そして——


 もし内通者がいれば、ファントムはこの情報に食いつくはずだ。


「本当に来るかな」


 俺は廃工場の中で、一人待っていた。


 いや、完全に一人ではない。


 柊と結衣が、遠くから監視している。


 そして、白鳥は本部で状況を見守っている。


 時刻は21時50分。


 静寂が、耳に痛い。


 そして——


 22時ちょうど。


 工場の扉が開いた。


 黒いフードを被った人物が、複数入ってきた。


 ファントムの構成員だ。


「やはり来たか」


 俺は身構えた。


 だが——


 その中に、見覚えのある顔があった。


 まさか——


### 5


 フードを脱いだその人物は——


 AEGIS所属の能力者、桐生だった。


 俺も何度か顔を合わせたことがある。若手のエリート能力者として知られていた。


「桐生さん——」


 俺は信じられない思いで呟いた。


「神崎蒼太、よく来たな」


 桐生は冷たく笑った。


「お前が、裏切り者だったのか!」


「裏切り者?違うな」


 桐生は首を振った。


「俺は最初から、ファントム側の人間だ。AEGISに潜入していただけだ」


「なぜ——」


「なぜ?簡単だ」


 桐生は俺を見据えた。


「AEGISは腐っている。能力者を道具として使い、政府の犬として働かせる。そんな組織に、未来はない」


「だからって、ファントムに——」


「ファントムは違う。能力者の、能力者による、能力者のための組織だ」


 桐生は拳を握った。


「俺たちは、この世界を変える。能力者が支配する、新しい世界を作る」


「そのために、罪のない人を巻き込むのか!」


 俺は叫んだ。


 桐生は冷笑した。


「綺麗事を言うな。お前も能力者だろう。ならば、俺たちの仲間になれ」


「断る」


「そうか。ならば——」


 桐生は能力を発動させた。


 彼の能力は、重力操作。


 瞬間、俺の体が床に叩きつけられた。


「うっ——」


 息ができない。重力が、何倍にも増している。


「お前の模倣能力、確かに脅威だ。だが——」


 桐生は俺に近づいた。


「動けなければ、無意味だ」


### 6


 俺は——必死に桐生の動きを見た。


 重力操作の能力。手の動き、体の傾け方。


 すべてを、記憶する。


 そして——


 俺も、同じように能力を発動させた。


 重力が——反転した。


「なに!?」


 桐生が驚愕する。


 俺は立ち上がり、桐生に向けて重力を操作した。


 今度は、桐生が床に叩きつけられる。


「くっ——」


 だが、桐生も経験豊富だった。


 すぐに重力を相殺し、立ち上がる。


「なるほど、噂通りだな」


 桐生は不敵に笑った。


「だが、俺一人だと思ったか?」


 その言葉と同時に、周囲のファントム構成員が一斉に攻撃してきた。


 炎、氷、雷——


 あらゆる攻撃が、俺に襲いかかる。


 俺は——


 これまで見てきたすべての能力を駆使して、防御と反撃を繰り返した。


 だが、数が多すぎる。


 徐々に、追い詰められていく。


 その時——


「蒼太!」


 工場の天井が破られ、柊と結衣が飛び込んできた。


「遅れて悪かった!」


 柊が防御結界を展開し、敵の攻撃を防ぐ。


 結衣も炎を放ち、敵を牽制する。


「柊さん、結衣さん!」


「お前一人で戦わせるわけないだろ」


 柊が不敵に笑った。


 三人で背中を合わせ、敵を迎え撃つ。


 形勢が逆転した。


### 7


 戦闘は激しさを増した。


 桐生も本気を出し、重力を操って俺たちを翻弄する。


 だが——


 俺には、柊と結衣という仲間がいた。


 三人の連携で、次々と敵を倒していく。


 そして——


 ついに、桐生だけが残った。


「くそっ——」


 桐生は焦りの色を見せた。


「こんなはずじゃ——」


「桐生さん、まだ遅くない」


 俺は彼に手を差し伸べた。


「AEGISに戻ってきてください」


「戻る?」


 桐生は苦笑した。


「俺が今更——」


「あなたの気持ちは分かります。AEGISが完璧な組織じゃないことも」


 俺は真剣に言った。


「でも、だからといってファントムが正しいわけじゃない」


「じゃあ、何が正しいんだ!」


 桐生が叫んだ。


「能力者は、いつまで人間の道具として生きればいい!」


「道具じゃない」


 俺は首を振った。


「俺たちは人間だ。能力があろうとなかろうと」


 桐生は——黙った。


 そして、力なく笑った。


「お前は、甘いな」


「甘いかもしれません」


 俺は頷いた。


「でも、それが俺です」


 桐生は、ゆっくりと手を下ろした。


「分かった。降参だ」


### 8


 桐生を拘束し、本部に戻った。


 白鳥は複雑な表情で桐生を見ていた。


「桐生、なぜだ」


「俺は——」


 桐生は口を開いたが、言葉が続かなかった。


 白鳥は深く息をついた。


「お前の気持ちは、分からなくもない」


「白鳥さん——」


「だが、やり方が間違っていた。それだけは言っておく」


 桐生は無言で頷いた。


 俺は、そんな二人を見ていた。


 能力者として生きるということ。


 それは、こんなにも難しいことなのか。


### 9


 その夜、俺は美咲と会った。


 彼女に頼んで、大学の屋上に来てもらったのだ。


「どうしたの、急に」


 美咲は不思議そうに俺を見た。


「ちょっと、話したいことがあって」


 俺たちは並んで夜空を見上げた。


「美咲、俺——」


「うん」


「能力者として生きていくこと、怖いんだ」


 俺は正直に言った。


「いつか、俺も道を間違えるんじゃないかって」


 美咲は黙って聞いていた。


「でも——」


 俺は彼女を見た。


「美咲がいるから、俺は頑張れる」


 美咲の目に、涙が浮かんだ。


「蒼太——」


「美咲、俺——」


 その時、美咲が俺の言葉を遮った。


「私も、蒼太のこと——」


 彼女は俯いて、小さな声で言った。


「大好き」


 時が止まったような感覚だった。


「美咲——」


「ごめん、急に変なこと言って」


 彼女は慌てて顔を隠した。


「でも、言いたかったの。蒼太が危ないことばかりするから」


 俺は——彼女の手を取った。


「俺も、美咲のことが好きだ」


 美咲が顔を上げた。


 その目は、涙で潤んでいた。


「本当?」


「本当」


 俺は彼女を抱きしめた。


 美咲も、俺にしがみついた。


「もう、危ないことしないでね」


「できるだけ、気をつける」


「できるだけじゃダメ」


「じゃあ、約束する。必ず帰ってくるって」


 美咲は、俺の胸の中で泣いていた。


 その温もりが、俺を強くしてくれた。


### 10


 次の日、白鳥から新しい情報が入った。


「神崎くん、ファントムの本拠地が判明した」


「本当ですか!」


「ああ。桐生から聞き出した。ただし——」


 白鳥は真剣な表情で言った。


「そこには、ファントムの最高幹部がいる」


「最高幹部?」


「『マスター』と呼ばれる人物だ。すべての黒幕だ」


 白鳥は資料を見せた。


 そこには、謎の人物のシルエットだけが描かれていた。


「この人物について、詳細は不明だ。だが——」


 白鳥は俺を見た。


「極めて危険な能力者だと言われている」


「どんな能力なんですか?」


「それも不明だ。誰も、その能力を見て生き残った者はいない」


 柊が言った。


「つまり、化け物ってことだ」


 結衣も頷いた。


「私も噂は聞いてた。マスターは、この世で最強の能力者だって」


 白鳥が俺を見た。


「神崎くん、危険な任務になる。断ってもいい」


 俺は首を振った。


「行きます。もう、後には引けない」


「そうか」


 白鳥は頷いた。


「では、作戦を説明する」


 ファントムの本拠地——


 そこで、すべてが決まる。


 俺は、覚悟を決めた。


 美咲との約束を守るためにも——


 必ず、生きて帰る。


### 11


 作戦決行は、三日後。


 その間、俺は集中的な訓練を受けた。


 白鳥、柊、結衣——みんなが、俺に技を教えてくれた。


 そして、俺はそのすべてを模倣し、自分のものにしていった。


「すごいね、蒼太」


 美咲は、訓練を見学しながら言った。


「でも、無理しないでね」


「大丈夫。みんながいるから」


 俺は彼女の頭を撫でた。


 美咲は少し照れたように笑った。


「蒼太、終わったら——」


「うん?」


「デート、しようね」


 その言葉に、俺は笑った。


「約束する」


 美咲は嬉しそうに笑った。


 その笑顔を、俺は絶対に守る。


### 12


 そして、三日後。


 俺たちは、ファントムの本拠地に向かった。


 場所は、都心から離れた山中。


 廃墟となった研究施設が、本拠地として使われていた。


「ここか——」


 柊が呟く。


「不気味な場所だな」


 結衣も警戒している。


 白鳥が言った。


「潜入班は、神崎、柊、神月の三名。私は外で指揮を執る」


「分かりました」


 俺たちは、施設の中に入った。


 内部は、薄暗く、冷たい空気が漂っていた。


 そして——


 最深部に、扉があった。


「この奥に、マスターがいるのか」


 柊が呟く。


 俺は扉に手をかけた。


「行こう」


 扉を開けると——


 そこには、玉座のようなものがあった。


 そして、その玉座に座る人物。


 白いローブを纏い、顔は仮面で隠されている。


「よく来たね、模倣能力者」


 低く、静かな声。


「君が、マスターか」


 俺は警戒しながら問う。


「そうだ。私が、ファントムの創設者にして最高幹部——マスターだ」


 マスターは、ゆっくりと立ち上がった。


「神崎蒼太。君の能力、実に興味深い」


「俺を捕まえるつもりか」


「捕まえる?いや——」


 マスターは首を振った。


「君を、仲間にしたい」


「仲間?」


「そうだ。君と私が手を組めば、この世界を変えられる」


 マスターは手を広げた。


「能力者が虐げられない、新しい世界を作ろう」


 俺は——首を振った。


「断る」


「なぜだ」


「俺には、守りたい人がいる。その人と一緒にいられる世界があれば、それでいい」


 マスターは、しばらく黙っていた。


 そして——


「そうか。残念だ」


 マスターは仮面の下から、殺気を放った。


「ならば、力ずくで奪うしかないな」


 戦いが——始まった。

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