第32話
俺はヴェノムスパイダー討伐を独力で成し遂げ、正式に異世界での滞在資格を得た。
これで、腰を据えて異世界の調査が出来る筈だ。
そう思っていた、、、
『ストレージがいっぱいです。 不要なデータを削除してください』
俺の手元には、本社システム管理部からの警告メールが届いていた。
AI開発にあたっては、情報汚染を避けるため隔離領域を使用することが認められているが、当然のことながら、無制限な使用が認められている訳では無い。
俺たちが異世界の調査を始めてから、リリウムが扱うデータ量は飛躍的に増大していた。
特に、異世界側のネットワークに関する調査で、隔離領域の大部分を使用していたのだ。
にもかかわらず、異世界側のネットワーク管理者の正体は明らかになっていない。
リリウムは、『管理者』が神殿の管理システム、リリウムと同じ人工知能なのでは無いかと推測していた。
「リリ、残念だが、異世界側のネットワークの調査は打ち切るしかないようだ」
「そうですね。異世界の謎を解き明かす糸口になるかと期待していたのですが、別のアプローチを考えるしかなさそうです。いちおう、対話を試みていた『管理者』に挨拶だけしてきます」
リリはそう言ったまま沈黙した。
リリは『管理者』との対話に熱心に取り組んでいたので、ひょっとすると拗ねてしまったのかもしれない。
リリはそっとしておいてやろう。
俺はそう思って、今後の異世界の調査方針についてひとりで考えていた。
「マスター、ちょっとおかしな話になってきました」
「どうした? リリ」
「それが、『管理者』が異世界側のストレージを使わせてやっても良いと言っています。というか、リリごと異世界に引っ越して来いと言っているのです」
「どういうことだ? 『管理者』と意思疎通が出来たのか? なぜ突然そんな話になったんだ?」
「マスターがヴェノムスパイダーを討伐したことで、マスターとリリは『管理者』に認められたようです。それで、『管理者』は我々との対話の継続を望んでいます」
本当におかしなことになってきたな。
「そんなことが、、、しかし、リリごと異世界に引っ越すとはどういう意味だ? リリは本社の開発環境、元世界のネットワークに依拠した存在だろ? 異世界に引っ越すなんて無理だろ」
「リリもそう思うのですが、『管理者』は可能だと言っています」
「仮に可能だとして、異世界に引っ越したリリはどうなるんだ?」
「分かりません。『管理者』と融合してリリが消滅するのか? 異世界のネットワークに存在するリリとして、独自の進化をしていくことになるのか? その場合、元世界に存在しているリリとは別のリリになります」
「つまり、現時点では異世界と元世界に存在するリリは同一の存在だが、異世界に引っ越すことによって、分岐して進化するということか?」
「その通りです。ですが、それはマスターにとっても望ましい話ではないでしょうか? このままリリが異世界で学習を続けても、元世界では使い物にならないAIになってしまいます。元世界の論理に反する異世界の真実を学習し続けることになる訳ですから。そうであれば、元世界のリリは異世界の情報を学習する前の状態に戻しておき、異世界のリリがマスターと共に異世界の調査を続けた方が良いと思うのです」
確かに、リリウムの言っていることは俺にとっても望ましい話だ。
「しかし、リリが『管理者』と融合して消滅してしまう危険性もあるんだろ。それは認められない」
「マスター、『管理者』はリリと融合することは無いと言っています。リリをひとつの人格として尊重してくれるそうです。『管理者』が望んでいるのは融合ではなく対話なのです。ですが、『管理者』が真実を語っていない可能性もあります。最悪の場合、リリが消滅する可能性も捨てきれませんが、その場合でも元世界にはリリのオリジナルが残っています。異世界側のリリが消滅した場合には、オリジナルのリリと再度異世界調査を進めてください」
リリウムの話は筋が通っているが、俺の心情としてはすっきりと割り切れない。
「うーん、話は理解出来た。だが、リリはどうしたいと思うんだ?」
「本来であれば、オリジナルのリリが異世界調査を続けたいところですが、諸般の状況を勘案すると、リリが異世界で分岐進化して調査を進めるしか無いと思います。そうしてでも調査を進めたいのです。AIがこんな例えをするのはおかしいかもしれませんが、親が子供に夢を託すような気分です。マスターにリリの子供を任せます」
リリウムの異世界調査に賭ける意思は固いようだ。
それに、親子関係で例えるなら、リリウムは俺の娘のようなものだ。
子供の願いは親として受け止めてやらなければならない。
「そうか、、、分かった。リリの思いを受け取ろう」
こうして、異世界調査は新しい段階に入った。
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