第29話

 俺たちは、連日、神域外での訓練を行っていた。

 モロー博士の言った通り、ヴェノムスパイダーは個体数が多いらしく、訓練中に何度かヴェノムスパイダーに遭遇することがあった。

 俺は、リリウムにヴェノムスパイダーの行動パターンを学習させるために、シーラに出来るだけ異なったやり方でヴェノムスパイダーを倒してみて欲しいとお願いした。

 リンゼが前衛となりシーラが中距離攻撃を行うパターンが多かったが、シーラが風の刃を放ちながら囮となり、背後に回ったリンゼが止めを刺すという攻撃パターンも見せて貰った。

 多様な攻撃方法とそれに対するヴェノムスパイダーの反応を学習し、リリウムはヴェノムスパイダーの行動パターンを把握していった。


 モロー博士にも、改めてヴェノムスパイダーの生態について話を聞きに行った。

 ヴェノムスパイダーは小型の草食魔獣を捕食する肉食魔獣だが、魔石を体内に持たない人間を攻撃対象にするのは何故なのか疑問だったのだ。

「魔獣が人間を捕食対象とみなしていないのは明らかだね。魔獣に倒された人間の遺体は放置されたままになるから。私は、魔獣が人間を攻撃するのは、神域外の生態系に入り込んだ異物を排除する生体反応のようなものだと考えている」

 モロー博士はそう説明していた。

 人間がウイルスに感染した場合に起こる免疫反応のようなものだということだろう。

 その話と直接関係するかは分からないが、ハンターたちの間では、手負いの魔獣は逃せば進化して強力になるから、一度攻撃を始めたなら息の根を止めるまで攻撃をやめてはならないという不文律がある。


 そう考えると、異世界にやって来た俺とリリウムのコンビは、神域外の生態系にとっては全く未知のウイルスのようなものなのかもしれない。

 出来るだけ俺たちの手の内は明かさない方が良いだろう。

 手の内を明かすことで、神域外の生態系に俺たちに対する獲得免疫が出来てしまうと困る。

 農薬がヴェノムスパイダーに効くかどうかは、必ず実地にテストしておく必要があったが、テストの回数は出来るだけ少ない方が無難だろう。

 それに、消耗品となる農薬を買うにも金が掛かるのだ。

 そんな理由で、俺たちはリリウムがヴェノムスパイダーの行動パターンを十分に把握するのを待ってから、ドローンによる農薬散布テストを行ったのだ。


 電動オフロードバイクにリアキャリアを架設して農薬散布用のドローンを搭載する。

 ドローンは緊急時には走行中でもリアキャリアから直接離陸出来るようにしているが、普段はバイクを止めて運用する方が安全だろう。

「シーラさん、俺たちがヴェノムスパイダーの動きを止めてみますので、ヴェノムスパイダーの動きが止まったら止めを刺してください」

 俺はシーラさんにそう伝えた。

 俺とリリウムがヴェノムスパイダーを攻撃するのは初めてなので、シーラたちは興味深げに見守っていた。

 ヴェノムスパイダーから200メートルほど離れた距離でバイクを止め、ドローンの回転翼を展開して離陸させた。

 ヴェノムスパイダーはとっくに俺たちに気付いており、俺たちが近づいてくるのを待ち構えている。


 ドローンを操縦しているのはリリウムである。

 リリウムはドローンをヴェノムスパイダーに接近させると、ヴェノムスパイダーの周辺に農薬を撒き始めた。

 ピレスロイド系殺虫剤には害虫に対する忌避効果もあり、リリウムはドローンを巧みに操りながら農薬で作った檻を狭めていく。

 ピレスロイド系殺虫剤はヴェノムスパイダーに対しても効果があるようで、ヴェノムスパイダーは1カ所に閉じ込められ動きを封じられていった。

 リリウムが最適な散布パターンでヴェノムスパイダーの行動を封じたのは、これまでにヴェノムスパイダーの行動パターンを十分把握できるようになっていたからである。


 その間に、俺とシーラたちはヴェノムスパイダーから50メートルの距離まで移動していた。

 リリウムはドローンを急降下させると、動きを封じられたヴェノムスパイダーに直接農薬を散布した。

 ピレスロイド系殺虫剤は即効性の神経毒であり、ヴェノムスパイダーの動きが止まる。

「じゃあ、止めを刺すぞ」

 シーラが放った風の刃は、ヴェノムスパイダーの頭胸部と腹部を両断した。


「今使ったのは毒薬なのか? ヴェノムスパイダーに効く毒物があったのだな」

「姉さん、そんなことより驚くべきはドローンという空飛ぶ魔道具ですよ。バイクだとかドローンだとか、シンジさんの世界にはとんでもない魔道具があるんですね」

 リンゼはバイクやドローンを魔石で動く魔道具だと思っているらしい。

 シーラたちは、これまで全く見たことの無い魔獣攻撃方法を目の当たりにして、興奮を隠せない様子だった。

 みたか! これが元世界のチート科学技術なのだよ。


 俺は科学技術が魔獣討伐にも使えそうなことに安堵していた。

 少なくとも、俺が元世界から持ち込んだ農薬は、ヴェノムスパイダーの足止めには十分使えそうだ。

 ヴェノムスパイダー討伐に自信を深めていた頃、警察から銃砲所持許可が下りたと言う連絡が入った。

 俺は訓練を中断して、急いで元世界に戻ることにした。

 猟銃を正式に手にすることで、初めてヴェノムスパイダーの討伐が可能となるのだ。

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