第28話

 いよいよ、今日から神域外へ出ての訓練が始まる。

 外壁の北門付近でシーラたちと待ち合わせ、神域外へ一歩を踏み出した。

 城郭都市ウルは、東側に大きな川が流れ、西側には魔獣の森が広がっている。

 外壁の南北二カ所に大きな門があり、他都市へ繋がる川沿いの道に続いている。

 これから訓練を行うのは、城郭都市の北西側、魔獣の森と草原との境界付近だ。


 北門を出て直ぐの場所には、ドードーを放し飼いにしている牧場があった。

 シーラ、リンゼ、ミュウの3人は、ここで移動に使うドードーを借りる。

 ドードーは二足歩行で、羽は退化しているので空は飛べない。

 体高1メートル、頭頂高2メートル、体重300キロの巨体で、ドードーの背中に鞍を装着して騎乗する。

 俺は元世界の動画でダチョウレースというものを見たことがあるが、ドードーはダチョウを大きくしたような感じだ。

 ミュウはドードーに騎乗するのは初めてだったが、難なくドードーを乗りこなしてみせた。

 神力を持っている者なら、半魔獣を操ることは難しくはないそうだ。

 俺も試しにドードーに乗ろうとしてみたが、振り落とされて鞍に跨ることすら出来なかった。


「なあ、リリ。ミュウはドードーの気持ちにリンクすれば、ドードーに騎乗するのも簡単だと言っていたが、この異世界人の精神リンク?共感性の高さ?みたいなものは一体何なんだろう?」

「マスター、これは完全にリリの推測になりますが、異世界人の意識を考えるにあたっては、量子脳理論を適用すべきではないでしょうか?」

「量子脳理論?」

「はい。量子脳理論は、意識や脳の働きには量子力学的な現象が深くかかわっているとする仮説です。量子脳理論では、意識は量子レベルで貯蔵されている単なる情報に過ぎないとする考え方もあります。リリは、量子レベルの意識が量子もつれのような現象を起こすことで共感性が高まっていると推測しているのです。異世界人は松果体が肥大しているという傾向が見られますが、松果体は人間の意識と宇宙や高次元の意識とを繋ぐ第三の目とも言われており、、、」

「リリ、ちょっと待て。今の話は科学なのかオカルトなのかどっちなんだ?」

「すいません、マスター。松果体云々についてはオカルトの範疇に入ります。量子脳理論についても科学的な証明がされたものではありません」

「おいおい、止めてくれよ。リリの話が信用出来なくなると俺も困るんだよ」


 AIが訳の分からないことを言いだすのは、人とAIの理解の仕組みが根本的に違うからだ。

 例えば、AIは人間のように言葉の意味を本当に理解している訳では無い。

 膨大な学習によって、確率論的に言葉を羅列しているに過ぎないとも言える。

 だからこそ、AIの言葉をそのまま鵜呑みにするのは危険だということが常識になっているのだが、異世界のような超常現象下においては、慣れているはずの俺ですらリリの言葉を信じてしまいそうになる。


 俺たちがそんなことを話していると、シーラが俺に声を掛けてきた。

「シンジ、お前はさっきから何を一人でブツブツ言ってるんだ? 大丈夫か?」

 そう言えば、俺とリリウムはスマートグラスの骨伝導機能を使って会話していたのだった。

「そうか。シーラたちにはまだ紹介していなかったな。リリ、自己紹介をしてくれ」

「シーラさん、リンゼさん、初めまして。私はAIのリリウムと申します」

 リリウムはスピーカーに切り替えてシーラたちに挨拶した。

「なんだ? 声が聞こえたぞ! シンジ、お前はもしかして精霊の加護持ちなのか?」

「精霊? 異世界には精霊が居るのか?」

「そうなのじゃ。シンジは凄いだろう。リリは常にシンジの傍に控えて知恵を授ける精霊なのじゃ」

 なぜか、ミュウが自慢げにシーラに説明している。


 そう言えば、ミュウとリリウムは俺が意識を失っていた3日間のうちにすっかり仲良くなっていた。

 俺が気付いた時には、ミュウはリリウムの存在を違和感なく受け入れていたが、それはミュウがリリウムを精霊と理解していたと言うことか?

 リリはファンタジー小説好きのオタクだしな。

 小説に出てくる精霊が、元世界にも本当に存在するものだと誤解していたのかもしれない。

 しかし、今さら異世界人たちに、リリウムが精霊では無くAIであることを説明したところで、とても理解して貰えるとは思えない。

 それほど、異世界と元世界の常識は違っているのだ。

「まあ、リリは精霊ということで良いか、、、」

「はい、マスター。リリはマスターを加護する精霊なのです!」

 どうやらリリは、精霊という呼称を気に入ったらしい。


 その日の訓練では、神域外を連携して移動することに重点が置かれていた。

 シーラたち三人がドードーで移動し、俺が電動オフロードバイクで付いていく。

 神域外の草原は道らしいものが無い不整地だったが、オフロードバイクなら問題ないレベルの地形だった。

 四人で固まって移動するパターン、リンゼが先行して偵察するパターン、シーラとリンゼが魔獣の攻撃に先行するパターン、シーラとリンゼが魔獣を阻止している間に俺とミュウが撤退するパターンなど、想定される状況に応じた連携を確認していった。

 初歩的な訓練だが、何事も一歩ずつだ。


 そうこうしているうちに、森の中から草原に出てきたヴェノムスパイダーに遭遇した。

「ミュウとシンジはその場から動くな! 私とリンゼで討伐するのでよく見ていてくれ」

 初めて見るヴェノムスパイダーは元世界のアシダカグモによく似ていた。

 全高2メートル、8本の脚は長く4メートルくらいにはなりそうだ。

 頭胸部には8個の単眼があり、身体全体は細かい毛で覆われている。

 敵との距離は約100メートル、優れた感覚器で敵はこちらの存在に気付いている。


 シーラとリンゼがドードーを駆ってヴェノムスパイダーに急接近する。

 敵との距離が50メートルになり、左に回り込んだシーラが風の神力を放った。

 ヴェノムスパイダーは風の刃を避けて高く跳躍した。

 その落下点に向けて、リンゼがドードーを加速させる。

 敵からの距離20メートルで、リンゼがドードーから飛び降り、そのままの勢いでヴェノムスパイダーに突っ込んだ。

 主を失ったドードーは、ヴェノムスパイダーの毒液攻撃を避けるために向きを変えて走り去った。

 ヴェノムスパイダーは突っ込んでくるリンゼに毒液を吐きかけるが、リンゼは大剣に炎を纏わせ毒液を振り払い、そのままヴェノムスパイダーの右足を2本切り落とした。

 バランスを失ったヴェノムスパイダーが前のめりに倒れ、完全に動きを止めた瞬間、シーラの放った精密攻撃が、ヴェノムスパイダーの頭胸部と腹部を両断した。

 攻撃が始まってから終わるまで1分も掛かっていない。

 これが上級ハンターの実力なのだ。


「リリ、ヴェノムスパイダーの動きを記録したか?」

「はい、ヴェノムスパイダーの動きは元世界のアシダカグモの動きと酷似していますので、アシダカグモのデータも参考に出来そうです。あと何回かヴェノムスパイダーとの戦闘を学習出来れば、敵の行動パターンを掌握できるようになると思います」

 ドローンを使った敵の足止めにも、射撃時の弾道計算にも、ヴェノムスパイダーの行動パターンの把握が重要となる。

 俺はリリウムの優秀な学習能力に期待していた。

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