第17話

 途中の廊下でイブニングドレスを着たミュウが待っていた。

 ワインレッドのイブニングドレスで、肩と背中が大胆にカットされている。

 身体のラインにフィットしたデザインで、大人の女性の魅力を醸し出していた。

「良く似合ってるよ」

「ありがと」

 俺はミュウをエスコートする格好でダイニングルームに入った。


 部屋の中には、男性二人とニューちゃんが俺たちを待っていた。

 ニューちゃんは、パニエの入ったパステルグリーンのドレスで可愛さを演出している。

 男性二人は、俺と同じ刺繍の施されたタキシードのような衣装である。

「こちらが父のゼータ、あちらが兄のカッパなのじゃ」

 ミュウの父と兄を紹介され挨拶を交わす。

「はじめまして、シンジと申します」

「シンジ殿、ようこそお越しくださいました。歓迎いたしますぞ」


 ミュウの説明によると、父のゼータは神殿の司祭(=神父)を務めており、兄のカッパは修道士らしい。

 文字通り、神父(ファーザー)と修道士(ブラザー)であり、ミュウとニューちゃんは修道女(シスター)である。

 異世界における家族(=同居する眷属)とは、宗教的意義を持つものなのかもしれない。

 なぜなら、この四人には遺伝的な繋がりが見当たらないのだ。

 ゼータはモンゴロイド系、カッパはネグロイド系、ミュウはモンゴロイド系でニューちゃんはコーカソイド系なのである。

 しばらく、当たり障りのない会話を続けていると、遅れてラスボスが現れた。

わらわのお母様、イプシロン司教なのじゃ」

 異世界では司教=マザーということになるのか?

 イプシロンはネグロイド系だ。

 チョコレート色の光沢のある肌とアフロヘアー、モデルのような長身に、金糸をふんだんに使ったイブニングドレスを纏っている。

 まるで、黒人美女がクリムトの絵画から抜け出てきたようだ。


「はじめまして、シンジと申します。本日は晩餐会にお招きいただき有難うございます」

「そなたがシンジか。わらわはイプシロンじゃ。うちのミュウがお世話になったようじゃの。お礼を申し上げる。こちらの世界に『まれびと』をお招きするのは数百年ぶりのことじゃ。大したもてなしも出来んが、ゆっくりして行ってくれ」

 イプシロンも『~のじゃ』語を喋っているが、ミュウによると、高貴な身分の成人女性の話し言葉を日本語に翻訳するとそうなるらしい。

「まれびと?」

「異世界からの客人のことを『まれびと』と呼ぶのじゃ」

 ミュウが隣から説明をしてくれる。


 なるほど、日本にも民俗学の学術用語で『まれびと(稀人)』と言うのがあったな。

「マスター、『まれびと』は、時を定めて異界から来訪する存在、または神の本質を持つ存在という意味です。日本では、古来よりこれらの異人をもてなす風習があると言われています」

 すかさず、リリウムが耳元で説明を追加した。

 簡単な挨拶の後、晩餐会が始まった。

 俺はまだイプシロンとの距離を測りかねていた。

 お互いに腹の探り合いの状況である。


「マスター、ミュウさんの家族は皆ギリシャ文字のような名前ですね」

 リリウムが俺の耳もとで喋りかけていた。

「確かにそうだな。ミュウの話では異世界と行き来する風習があるようだし、イプシロンの話でも『まれびと』は俺が初めてでは無いようだ。古代ギリシャ文明とも何らかの行き来があったのかもしれない」

 この異世界の謎はますます深まっていくばかりだ。


 メイドがワゴンを押してダイニングルームに入って来ると、執事たちが料理をサーブし始めた。

 食前酒、前菜と続き、コース料理になっているようだ。

「レンズ豆のスープでございます」

 モーリさんがサーブする料理の説明をしてくれる。

 いちいちチェックは出来ないが、異世界の料理を食べても大丈夫なことは確認しているので食事を続ける。

「豚のすね肉の煮込みでございます」

 アイスバインのようなものか?

 全体的にドイツ料理のようなメニューが並ぶ。

 やはり、異世界は亜寒帯性気候だからなのか?

 ダイニングルームの内装や食器類はロココ調に似た豪華なものだが、料理自体は比較的簡素な感じがする。

 どの料理も美味しかったが。


 デザートが出てきたところで、俺はイプシロンに尋ねた。

「イプシロン様、この世界のことについてお聞きしたいのですが」

「うむ、そうじゃな。わらわもそなたたちの世界の話を聞きたい。まずは、わらわのほうから説明しよう、、、」

 イプシロンの説明によると、この城郭都市は大きな川の側にあり、この城郭都市以外にも川沿いに四つの衛星都市が存在しているらしい。

 各都市は神殿を中心とした神域を形成しており、人が生活出来るのはその神域内だけだそうだ。

「まあ、都市に結界が張り巡らされていると考えて貰えば良いじゃろう。神域外は魔獣たちが住む危険な世界じゃ。都市間の移動もハンターの護衛が不可欠なので、交易なども必要最低限のものに限られておるのじゃ」

 この城郭都市と四つの衛星都市を合わせてひとつの教区を形成しており、その教区の最高責任者が司教であるイプシロンなのだそうだ。

 都市間の移動は川沿いの狭い草原地帯を伝って行うしか無く、交通手段も発達していないようだ。


「川の中には大型の水棲魔獣もおるので水運も発達していない。森の中は人跡未踏の魔獣たちの楽園なのじゃ。神域外で人が行き来出来るのは、川と森に挟まれた狭い草原地帯しかない。その草原地帯も決して安全なものとは言えん。わらわたちは長い年月を掛けて、川沿いの草原地帯に城郭都市を建設して生存権を拡げようとしておるのじゃ」

 イプシロンの話によると、異世界における人間の生存圏は極めて限定されているようだ。

 外の世界の自然環境は厳しく、元世界のように自然を克服しコントロールするという段階には至っていないようである。


「イプシロン様、この世界には、この教区以外に別の教区は存在していないのでしょうか?」

「うむ。古い言い伝えによれば、この世界には12の教区が存在していると言われておる。じゃが、他の教区との間には魔獣の森が横たわっており、他の教区との行き来は皆無なのじゃ。一部のハンターたちが他の教区を目指して魔獣の森の踏破を試みたことはあったが、生きて戻って来た者は居らん。じゃから、他の教区のことに関してはわらわにも全く分からないのじゃ」

 イプシロンの話を聞いて、俺は他の教区についての興味も湧いてきた。

 数千年に渡って行き来が途絶えているのなら、他の教区ではこことは全く別の文化が形成されているに違いない。

 しかし、現状では他の教区に行くための手段が見つからないのだ。

 リングという規格外の移動装置が存在しているにもかかわらず、リングを使って他の教区と行き来することは出来ないらしい。


 イプシロンからは、元世界のことを色々と尋ねられた。

「お母様。あちらの世界には城壁が無いのです。車と言う乗り物を使って、遠く離れた場所まで自由に行き来することが出来るのですよ」

「なんと、神域外で自由に行動が出来ると言うのか? 信じがたい話だ」

 ミュウの説明にイプシロンは驚愕していた。

 異世界と元世界とでは常識が違い過ぎる。

 相互理解を深めるにはかなり時間が掛かりそうだった。


 イプシロンは、ラスボスらしく最後にとんでもない爆弾を放り込んで来た。

「シンジ殿、ミュウがそなたを眷属とした話は聞いた。本来であれば、母親としてミュウが大人になったことを祝福してやりたいところではあるが、ミュウはわらわのあとを継いで、ゆくゆくは司教として教区を統治していかねばならない立場じゃ。その眷属となる者はミュウを守ることのできる力を持つ者でなければならぬ。そなたには、その力があることをわらわたちに証明して貰いたい」

「力の証明ですか?」

「そうじゃ。魔の森に住む魔獣、ヴェノムスパイダーを狩って、その糸を神殿に奉納してもらいたい」

「魔獣を狩るのですか、、、」

「お母様、それは無茶です。シンジは神力を持たない『まれびと』なのですよ。魔獣を討伐出来るはずがありません。逆に殺されてしまいます」

「ミューよ。シンジ殿を眷属にしたのはそなたの責任じゃ。もちろん、シンジ殿に危険が及ばないように護衛のハンターは付けてやる。じゃが、シンジ殿にはヴェノムスパイダーを独力で狩って貰わねばならぬ。ミュウも手出しはしてはならんぞ」

 そもそも魔獣が何かも分からないが、どうやらとんでもない話に巻き込まれているようだ。


「もし、力を証明することが出来なかった場合、俺はどうなりますか?」

「その時は、この世界のことは忘れて元の世界に戻って貰う。リングの接続も切断することになる」

「お母様、ひどい、、、」

 ミュウは泣きそうな顔になっている。

 俺としても、この異世界についてはまだ調べたいことがたくさんある。

 ミュウとの縁が切れてしまうのも何だか寂しいような気もする。

「分かりました。出来るかどうかは分かりませんが挑戦してみます。それで、この話に期限はあるのですか?」

「冬になればヴェノムスパイダーは冬眠に入る。それまでの間、これから三か月ほどの間に結果を出して欲しい」

 俺としても、ここで引き下がることは出来なかった。

 元世界のチート科学技術を駆使してでも、俺の力を証明してみせよう。

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