第16話
1時間ほどしてから、ミュウがゲストルームにやって来た。
心なしか、しょんぼりしているように見える。
「ミュウ、どうかしたのか?」
「お母様に叱られてしまったのじゃ。眷属をつくるにしても、お母様の承諾を得る必要があるのじゃ。順序を違えるのは礼儀に反するとお怒りなのじゃ」
つまり、出来ちゃった婚の報告に戻って来た娘が、親に叱られたという状況のようだ。
「そうか。そう言うことなら、俺もここに長居しない方がよいだろうな」
「いや、お母様はシンジに怒っている訳では無いのじゃ。そなたのことは客人として歓迎すると申されておる。今日の夕食時に皆が集まるから、そこで、シンジのことは紹介する」
「そうか。じゃあ、楽しみにしているよ」
そうは言いつつも、俺は娘さんに手を出されてしまいましたと挨拶に行くような立場である。
正直、居心地は悪いだろう。
「そなたは昼食がまだだったじゃろう。食べるものを持って来たのじゃ」
ミュウはそう言うと、サンドイッチらしきものが入ったバスケットを差し出した。
そう言えば、調査に夢中になっていたため、持って来た非常用携帯食料に手は付けていなかった。
その時、バタンと言う大きな音が響いてゲストルームの扉が開いた。
「ミュウお姉ちゃん、お帰りなさい!」
そう言いながらミュウにしがみついてきたのは、まだ幼い少女だった。
「、、、ミュウお姉ちゃんが大人になってる!」
その幼女は驚いた声を上げ、ミュウを見上げた。
「ただいま、ニュー。部屋にはノックしてから入らないと、お母様に叱られるぞ! シンジ、この子は
「はじめまして。お兄さんはシンジと言います」
ニューちゃんは、ミュウのスカートの後ろに隠れて、こちらを恐る恐る覗いていた。
「お姉ちゃん、このおじさんを眷属にしたの???」
「おじさん、、、、」
やりとりを聞いていたリリウムがくすっと笑う。
「ニュー、シンジはそんなに歳をとってはいないぞ。まだ生まれてから30年ちょっとなのじゃ」
「そうなの? じゃあ、私より年下なのね」
この会話には、俺もリリウムもびっくりした。
ミュウたちは、エルフのような長命種なのだろうか?
女性に年齢を尋ねるのは失礼かと思って、俺はミュウの年齢を聞いたことが無かったのだ。
「え? 俺はニューちゃんより年下なのか? それじゃ、ミュウの年齢はいくつなんだ?」
「シンジ、女性に年齢を尋ねるのは失礼なのじゃ」
やっぱりそうか、、、
そんなやりとりをしていると、ニューちゃんがミュウのスカートを引っ張りながら言った。
「ねえ、ねえ、お姉ちゃん。向こうの世界のお土産は持って帰ってきてくれた?」
「うん。向こうのお菓子をお土産に持って来たぞ」
「お菓子! お菓子食べたい!」
「うん。後でな」
「嫌だ! 今食べたい! お菓子、すぐに食べたい!」
「わかった。わかったからスカートをそんなに引っ張るでない。脱げてしまうだろう。すまぬな、シンジ。ニューにお土産を渡してくる。夕食までには時間があるので、風呂でも浴びてさっぱりしてくれ」
そう言って、ミュウはニューちゃんに引き摺られるようにして部屋を後にした。
ニューちゃんは俺より年上らしいが、精神年齢は見た目相応のようだ。
「リリ、ニューちゃんはミュウと血がつながっていないのだろうか?」
「そうですね。DNA検査をしなければ断定できませんが、容姿の差異から判断して、おそらく遺伝的なつながりは無いのでしょうね」
ミュウは黒髪、黒目で明らかにモンゴロイド系の容姿なのだが、ニューちゃんは金髪碧眼のコーカソイド系の容姿だったのだ。
「どちらかが養子とかなのだろうか?」
「マスター、元世界の常識で判断するのは妥当ではありません。そもそも、ミュウさんは元世界の『家族』という概念が良く理解できないようでした。異世界では偶々同居している眷属という意味合いに過ぎないのかもしれません。そうだとすると、血縁関係を問うことに意味はありません」
「確かにそうだな」
リリウムの言う通り、予断を持って異世界のことを調査するのは危険だ。
俺は、ミュウが持って来てくれたサンドイッチを質量分析計や微生物検査器にセットしながら、ミュウたちのことを考えていた。
ミュウたちの年齢、初めてミュウに出会った時に起こった異常な速度での身体的成長、眷属という概念。
ミュウの身体は生物学的に人間と同一のものなのだが、その正体は実際のところまだ分からないのだ。
異世界の食べ物を俺が食べて良いのかも分からない。
サンドイッチを検査した結果、それは黒パンとハムとチーズのサンドイッチに相違なかった。
「マスター、食べても大丈夫ですよ」
とりあえず、飲み水と食べ物に心配する必要がないのは助かる。
せっかく夕食に招待されても、手を付けられなければ礼儀を欠くことになるだろう。
サンドイッチを食べた後、俺が猫足のバスタブに浸かってのんびりくつろいでいると、執事のモーリさんがメイドたちを連れてゲストルームにやって来た。
俺はバスローブだけを羽織って、慌てて風呂から出てきた。
「シンジ様、お寛ぎのところを申し訳ございません。本日の晩餐会には正装で出て頂く必要があります。衣装を準備させていただきますのでご協力ください」
モーリさんがそう言うと、メジャーを持ったメイドたちが俺の身体を採寸していく。
せめて下着を履かせてもらえませんか? バスローブの下はフ〇チンなんですけど、、、
表情を微動だにせず、極めて事務的かつ正確に採寸を完了したメイドたちが部屋を退出すると、別のメイドたちが部屋に入ってきた。
このところ忙しくて伸び放題だった髪の毛がカットされ、髭を剃られ、蒸しタオルを顔に当てられたあと、得体の知れない整髪料やクリームを塗りたてられた。
もちろん、成分分析をしている余裕もない。
「マスター、大丈夫ですか?」
リリが心配してくれるが、もうどうしようもない。
幸い、かぶれなどアレルギー反応のようなものは現れなかった。
そんなことより、せめてパンツを履かせてもらえませんか?
メイドさん、さっきチラ見してくすっと笑いましたよね!
ようやく、メイドさんたちに解放され、俺は深く傷ついた心でパンツを履いた。
「マスター、、、何でもありません」
リリウムでさえ、慰めの言葉を思いつかないようだ。
そうこうしていると、モーリさんが衣装を持って再びやって来た。
衣装は襟や袖に豪華な刺繍が施されたタキシードのようなもので、なかにふりふりのフリルの付いたシャツを着る様だ。
驚いたことに、採寸してから1時間くらいしか時間が経っていないのに、衣装は俺の身体にぴったりあっていた。
神力を使って衣装も作るのだろうか?
「ミュウお嬢様がお待ちです。ダイニングにご案内させていただきます」
俺はモーリさんに案内されダイニングに向かった。
モーリさんの話によると、これからお会いするミュウの“お母様”は、やはり、この神殿の最高位である『司教』を務める人物らしい。
異世界にやってきて早々にラスボスと対峙することになるのだろうか?
俺は緊張で胃が痛んだ。
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