第9話
俺は得体の知れない女性が出してくれたコップの水を飲み干し、土鍋で炊かれたお粥に手を付けた。
離れを中心に敷地内にはリリウムのセンサーが張り巡らされているので、お粥に毒物や異物が混入している可能性は無いだろう。
空っぽだった胃が満たされ、漸くひと心地ついたが、この異常な状況に頭の回転がまだ付いて行かない。
「君は田無村の人なのか? どこから来たんだ?」
とりあえず、状況を整理するためには、この女性と会話してみるしかなかった。
「
一瞬、俺の脳裏に古文書に記載されていた内容が蘇って来た。
「向こう側の世界とは異世界ということか? 君は、、、人間では無いのか?」
ここで、リリウムが会話に割り込んで来た。
「マスター、リリはミュウさんの身体を家庭用医療支援機器でチェックしてみましたが、体組成、骨格、器官、代謝、反射など人間の身体、機能と全く違いはありませんでした。松果体が少し肥大しているという特徴はありますが、生物学的に見て、ミュウさんが人間であることは間違いありません」
「
なにか哲学的意味を含んでいるかのような女性の言葉に、俺は咄嗟の返答に窮した。
「まあ、君が人間かどうかは一旦置いておこう。それで、君が洞窟の向こうの世界からやって来たとして、ここには何をしにやって来たんだ?」
「何を言っておるのじゃ? そなたは毎日熱心に祠にお参りをしておったであろう。それほどに望まれては、
「あ、、、」
俺は不動産譲渡の条件として、毎日祠のお参りと清掃を欠かしていなかったのだが、最初にここに案内してもらった時、祠の管理は毎日ではなく月1回程度で良いと佐藤さんから説明されていた。
あれは、月1回程度が限度で有り、毎日お参りしてはいけないと言う意味だったのではないか?
毎日お参りしてしまうと、何か恐ろしいことが起こるというような。
伝聞に伝聞を重ねた結果、本来の意向が正確に伝わっていなかったのかもしれない。
「いや、俺は望んでいたと言う訳では無いのだが、、、ところで、俺が気を失った時、君は何をしたんだ? 首筋を噛まれたような気がしたんだが、、、」
「うむ。突然あんなことをして悪かった。抱き抱えられた時に、そなたから美味しそうな匂いがしたもので、思わずそなたの血を吸うてしもうた。
「吸血鬼かよ! それと、むらむらってなんだ!」
「すまぬ。乙女として恥ずかしい。許してたもれ。じゃが、これでそなたは
「その眷属というのは一体何なんだ?」
「
「、、、」
これでは、犬神伝説そのものではないか。
犬神伝説によれば、犬神憑きとなった者は、何かを願うだけでその願いが叶うと言う。
誰かを排除したいと願えば犬神が相手を殺し、何かを欲しいと願えば犬神が奪い取り、その結果、犬神憑きの家は栄えると言われている。
この女性は犬神なのか?
俺は、犬神憑きになってしまったのだろうか?
「マスター、大丈夫ですか?」
リリウムの呼びかけで俺は我に返った。
俺はこの女性の話に引き込まれ、一方的に流されてしまっていた。
だが、ようやく頭が回り始めたようだ。
これまでの経緯を良く考えて導き出せる結論はひとつだ。
この女性は、どこか精神を病んでいるに違いない。
俺もリリウムもこの女性に騙されていたのだ。
精神病患者の語る妄想は、語る本人が真実だと信じて語っているので真贋を見分けにくい。
特に、この女性の話には、人を引き込む魅力がある。
リリウムには相手の表情や仕草から真実か嘘かを見分ける機能を実装しているが、自分自身で真実を語っていると信じている女性の話に引き込まれ、女性の話を信じてしまった結果、辻褄が合うように偽映像をでっちあげてしまったのかもしれないのだ。
リリウムの開発過程をもう一度見直す必要があるだろう。
そもそも、あのワンピースの少女が実在していたのかも、気を失った前後の俺の記憶が曖昧だ。
いずれにせよ、この女性を病院に連れて行って、警察に保護してもらうことが先決だ。
「よし分かった。君のことは、、、とりあえずミュウと呼べばいいか? ミュウ、これから一緒に出掛けるぞ」
「うむ、お出掛けか。分かったのじゃ」
しかし、車を出そうとすると、県道に繋がる私道が倒木で塞がれていた。
三日前の台風で倒れたものだろう。
倒木はかなりの大きさであり、チェーンソーを取りに戻って、運べる重さに切断して取り除くしかなさそうだった。
「シンジはあの倒木を片付けたいのじゃな」
ミュウはそう言うと両手を倒木にかざした。
次の瞬間、ミュウの掌に輝く刻印が浮かび上がり、俺がイメージしていた通りに倒木が切断され、道路わきに片付けられていった。
「、、、これはミュウがやったのか?」
「うむ。シンジが望んだことであろう。ここは神域内じゃから、神の力を代位行使出来るのじゃ」
俺のなかにある常識というものが、粉々に崩れ去って行くのが分かった。
ミュウの語っていた話は、すべてが真実だったのか、、、
こんな人外の業を見せつけられては、信じないわけにはいかなかった。
ミュウを人前に出す訳にはいかない。
こんな事実が表沙汰になってしまえば、それこそ世界がひっくり返ってしまう。
「ん? お出掛けは止めたのか?」
「うん、今日は出掛けるのは止めておこう」
俺は事態の急展開に全くついていけなかった。
正直、これからどうすれば良いのか、まったく考えられない。
「リリ、お前も見たよな」
「はい、マスター。すべて記憶映像に残っています」
「リリ、ミュウに関するデータはこれまでの物も含めてすべて、ファイアウォールを立てて隔離してくれ。第三者のアクセスが一切出来ないように、守秘ランクはSで処理しておいてくれ」
「了解しました」
俺たちは一旦離れに戻って来た。
とにかく、考える時間が必要だった。
考えてどうにかなる問題では無いのかもしれないが、、、
ミュウはリリウムに教えてもらいながら夕食を作り始めている。
「リリ。ところで、ミュウのあの独特な喋り方、『~のじゃ』と言うのは一体何なんだろう?」
「はい、マスター。ミュウさんはこの三日間、この世界の言葉を色々と学習され、ご自身に相応しいものとして現在の喋り方を選択されたようです」
「学習したって、いったい何を学習したんだ?」
「主に、ファンタジー小説、漫画、アニメなどを好まれていたようでした」
「ミュウのキャラ設定はロリババアかよ! その割にはダイナマイトボディーじゃんかよ」
「ミュウさんの容姿については、マスターの嗜好が反映されたものだったのではありませんか?」
心なしか、リリウムの声が冷たい。
俺はそれ以上の反論を試みることをあきらめた。
今日は、本当に疲れたよ、、、
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