意味+無意味は0。そこに現象を足して意識で引けば=『 』
西之園上実
一章 =『運命』
第1話
〝意味〟の意味を知っているか?
その答えは、考えることや辞書で調べるでも良い。自分なりの率直なものでも構わない。
けれど、そんな行為はすべて無駄だ。だって、意味には意味がないから——。
いや、実際辞書で調べればしっかり文章で書かれている。
例えば、
一・記号(特に、ことば)の表す内容。意義。
と謳われている。
どう思う。
モヤッとしていてピンとこないだろう。
どちらかといえば逆で、言葉や文章の内容が重要で、意味には存在理由が無いと俺は思っている。
まあ、こんな堂々巡りの揚げ足取りをしていても埒が明かないが、だとすれば、言葉である以上こんなに無責任な言葉使うほか無い。とくれば、最上の使い方をしよう。
それは……
「生きている意味」だ!
そして、その答えは、結論から言おう。
〝正義〟 を持っているかどうかだ!
となると、この世界にはいったいどれだけ『正義』を持っている人たちが居るのだろうか?
「いやー、正義を持っているという人間は異常者ばかりだからねぇ」
胸の前で腕を組み、座り心地の良さそうな椅子に深々座っている女が軽々しくも、どこか深みのある口調で答え始めた。
「私の思っているところの正義からすれば、公にした時点で社会からはじかれてしまうだろう。正確な人数までは当然分からないが、恐らく今この世界に生存している一パーセントにも満たないだろう」
「どうしてそこまで言い切れるんですか?」
想像していた数字とまったく同じ答えに驚きと動揺、少しの嬉しさを口調と表情に出さないようにしてオレは聞き返してみた。
すると、組んでいた腕を解き、地味ながら高級感漂うスーツの内ポケットから、単純な行動のなかに育ちの良さが分かる優雅な動きで、スッと煙草を取り出した。
次に、上着から徐々にズボンのポケットへとポンポン軽く何かを探すように叩き、どこかマヌケな行動なのに優雅さを保ちつつ、ひとしきり叩き終えると今度は、今までの印象とは真逆の整理整頓、いや、掃除という概念を微塵も感じさせない、いわゆるゴミ屋敷状態の部屋の中をキョロキョロと見回し終え、
「すまないが、火を貸してくれないか?」と、学生服姿のオレに聞いてきた。
因みに、オレが今居るこのゴミ屋敷は、全国でもトップクラス……ではない、間違いなく名実ともナンバーワンの大学、その教授室に来ている。
「すいません。オレ、煙草は吸いませんので、火を持ち合わせていません」
一瞬躊躇いそう答えると、既に口に咥えていた煙草を突然吹き出し、手を叩きながら、座ってはいるが仰向け状態になるまで上半身を反らせ、さっきまでの優雅さ皆無の大声で笑い始めた。
「アーッハッハッハ! すいませんんから、吸いませんので、持ち合わせていませんときたか!」
息継ぎするように言葉を挟み、しばらく笑いが止まることはなく、三分以上は隙間の少なくなった教授室とは名ばかりのゴミ屋敷に響き続けた。
「君は見かけによらず、なかなかユニークな物言いをするねぇ。吸いませんを謝罪とかけるだけでなく、持ち合わせていませんと、三度もの韻を踏んでくるとは。いやぁ、高等技術だよ、クククッ、愉快痛快だ」
笑いすぎたのか、腹を抑えながら必死になにかしらの痛みにでも堪らえようとしている全国ナンバーワン大学教授を前にして、馬鹿にされているのもあるが、そんなことよりも、笑いの沸点があまりにも低すぎることに苛立ちを隠せそうもない。
「その辺の面白くない大学生でもこのくらいの言い回し幾らでも出来ますよ」
なんとか目を合わせて睨み付けてやろうとしたが、相手がさっきまでの格好とは逆に伐つむせ状態になっているのを見て、更に増加した怒りだけをしょうがなく今はそこにある後頭部にぶつける。
「すまなかったねぇ、いやぁ、別に君のことを馬鹿にしている訳ではないんだよ? どうかその怒りを沈めてはくれないだろうか?」
笑いの水温が下がったのか、落ち着きを取り戻しつつあるのを自覚して一呼吸すると、
「私のお笑い沸点が低いと思っているだろうが、別に先程の君の言葉にだけ爆笑したわけではないんだがねぇ……」
言い訳にしか聞こえなかったが、そう思った矢先、女の顔が打って変わって真剣な表情に変わっているのに気づいた。
「君は、運命を信じるタチかね?」
「はっ?」
「だから、運命だよ。同じことを何度も言わせないでほしいね」
明らかに苛ついているゴミ屋敷の主でナンバーワン大学女教授が、その百面相加減に喜怒哀楽が激しい性格だということが明らかになるほどの、読んで字のごとく立場の違いからの上から目線でガンを飛ばして睨みを返してきた。
「経験はないけど……一応信じてはいます」
「そうか。信じてはいるか。だとしたら、今日ここに私に会いに来ることも運命だと?」
「そこまでは信じてはいません」
「ほう」
初めて俺に興味を持った……というよりは、一人の人間として認識されたかのような相槌をされたが気がした。
「俺が信じている運命っていうのは、運命の出会いとか、運命の赤い糸とか、まあ、そんな得体のしれない漠然としたものですよ」
決めつけるように言い放つと、一瞬間が空き、再度笑い声が部屋中に響いた。
「あーはっはっは! 本当に面白いなぁ君は! と同時に馬鹿だねぇ!」
最後の一言をしっかり聞き取り、けれど驚くくらい冷静に、『善』と『哀』は知らないが、『楽』と『怒』の感情表現を激しくあらわにする女なんだということを分析する自分がいた。
「くっくっくっ、すまないねぇ。もしかして怒ったかい?」
軽い挑発に対抗することで、正常な『怒』の感情を思い出して表情にする。
「いやはや、馬鹿というフレーズは高校生の君では表面的な処理しか出来なかったみたいだねぇ」
「馬鹿という意味は馬鹿だということだけですよ」
またしても明らかな上から目線な物言いに、さっきの自分の『怒』が、沸点を超えていたことで蒸発してしまっていたことに気づく。だったから今度は純度百パーセントの怒りを刹那の間も無く十万トンの重みを乗せてぶつけることができた。
「フム。だとしたら、馬鹿という表現に誤解が残ったままではこれからの関係に支障をきたすからねぇ、ここでしっかりと解いておこうか」
これからの関係?
どういうことだ?
今日限りの関係になるものだと思っていたのに……。
話の流れからすると、『運命』に随分重要性を置いているような言い回しだったが……まさか、俺に気があるのか?
「んっ? 誤解というよりは、勘違いのほうかな? それも、話の本筋からとは違うところでしているみたいだが」
本物の上から目線とういものは心情までも見透かすのか?
「先生の専門は心理学か何かなんですか?」
先生という呼び方は、自分の中でそう呼ぼうとして声にしたのだが、今まで生きてきて先生と声にして呼んだことがあるのは二人目だった。
「先生? 勘違いをしているのかと思っていたのだが……やっぱり馬鹿だな、君は」
今までの馬鹿という言い方とは別の雰囲気でそう言うと、
「しっかりとした自己紹介がまだだったね」
急に立ち上がり、というか椅子の上にだが、そのことにより物理的な上から目線で驚愕の自己紹介が始まった。
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