第26話 風紀委員会

 楓は『緋凰』を制服のベルトにつって、光希と木葉とともに廊下を歩いていた。今日が生徒会長に呼び出された日だ。道行く人に楓に対する誹謗中傷が囁かれている。毎日のことなので、もはや慣れっこだ。必要な会話以外シャットアウトしている。


「着いたわね」

「うん」


 ゆっくりとドアを開けると、生徒会室に集まっていた生徒たちが一斉にこちらを見た。見知った顔を発見した楓は思わず名前を呟いた。


「夏美……」


 夏美はにこりと微笑むと楓たちの近くまでやって来た。


「楓たちも生徒会に入ったんだね」


 そう言いながら、夏美は光希を見上げたが、すぐに恥ずかしそうに目を逸らした。


「……?」


 夏美の表情の意味がわからない楓は、首を傾げて木葉を見た。木葉は苦笑いで返す。知らなくていいだろうと思って、直接答えるのは避けたのだ。


「さあ、全員揃ったようだな」


 生徒会長、天宮清治にこの場の全ての生徒たちの視線が注がれる。清治は自分に全員の意識が集中したことを確認すると、口を開いた。


「今年の生徒会には、4名の新入生が加わることになった。生徒会に2人、風紀委員会に2人だ。生徒会に入るのは、」


 清治は夏美と木葉を示す。


「A組の下田木葉さんと荒木夏美さんだ。そして、」


 残っている楓と光希に視線が集まる。


「A組の相川光希君と天宮楓さんが風紀委員会に入ることになった」


 ざわざわと生徒会室が落ち着かない空気に包まれる。楓の方にも、光希の方にも注目が集まって、楓はすごく落ち着かない。つくづく光希がすごく有名であることを実感した。やはり楓などでは届かないところにいるんだと。視線をずらして清治を見ると、清治の顔に微かな笑みが浮かんでいるのが目に入った。


「では、生徒会の皆さんは生徒会室に残って、風紀委員会の皆さんは風紀委員会本部に移動してください」


 清治の言葉でこの場の半数の生徒たちが動き始める。楓は光希を見ると、光希が歩き出したのと同時に移動を始めた。小さく木葉と夏美に手を振ると、風紀委員の先輩たちの後を追って生徒会室を後にした。移動といっても風紀委員会本部は隣にあるのでほとんど歩かなかった。風紀委員会本部は隣の生徒会室と比べて殺風景で、ごちゃごちゃとした何に使うのかわからない器具が放置されていた。


「はーい、ちゅうもーく!」


 背の高い女子生徒は手を叩いた。


「私が今年度の風紀委員長、春日井かすがい舞奈まなです!新入生の諸君‼︎あー、まあ、2人だけだけど、よろしく!」


 何やらすごくハイテンションな先輩だ。その様子に気圧されそうになりながら、楓はぺこりと頭を下げた。


「えーっと、天宮さんと相川君だっけ?戦力になりそーな人でよかった!」

「あ、その……」


 舞奈の重い期待に楓は気持ちが沈んだ。


「うん? 何?」

「ボクは無能力者です……」


 舞奈の顔が固まった。


「え……? 天宮なのに?」


 キョトンとした顔で問われて、楓はその視線から逃げた。


「はい……」


 他の風紀委員会のメンバーからも驚きが伝わってくる。楓は居心地悪さに、髪をいじった。舞奈は楓を一瞥すると、光希に視線を移した。


「キミはあの有名な相川光希君だよね?」


 光希は無表情で頷いた。


「はい。有名かどうかは知りませんけど」


 舞奈は嬉しそうに、うんうんと頷いた。


「いやー、でも最年少で『九神』に抜擢された逸材、それに学年首席だってね。その本人が風紀委員会に入ってくれるなんて、すごく嬉しいよ!」

「ご期待に添えるよう、頑張ります」


 光希の言葉は感情だけが欠落していた。このシチュエーションで言うにはぴったりの言葉のはずが、浮いて聞こえた。


「じゃあ、風紀委員会について、少し説明しまーす!」


 舞奈は引きつった笑みを隠すように明るくそう言った。


「風紀委員会は青波学園の生徒たちの術の行使を取り締まる組織です! ある一定の霊力を超えると、私たちはその術者を取り締まることができるのです! だから、私たちは公式武装の常備許可が下りていて、学園で霊力を使うことが許されています! もちろん、時と場合によって、だけどね! と、言うわけで2人には先輩同伴のパトロールに行ってもらいまーす! 天宮さんは芦屋あしや君と、相川君は私とペア! では、他も各自、パトロールに行ってねー!」


 長々と説明をした舞奈は、息を吐いた。光希ににこりと笑いかける。


「じゃあ、相川君、行こうか?」

「はい」


 2人に続いて他の風紀委員の生徒たちも部屋を出て行く。楓は男子生徒、芦屋だろう、と部屋に取り残された。しばらく沈黙が続く。それではいけないと思って、楓は口を開いた。


「あの……、パトロール、行かなくていいんですか?」


 芦屋と呼ばれた男子生徒は楓にちらりと目をやった。睨まれると思って息を呑む。しかし、向けられたのは優しい微笑みだった。


「そうだな。すまない」

「いえ」


 楓は芦屋に着いて行く。どうやら外に出て、部活体験の見回りに行くようだ。


「俺は3年A組の芦屋あしやけいだ。天宮楓、であってるな?」

「あ、はい」


 自分の名前を聞かれていることに気づくのが遅れた。慧は楓の方を見ずにそのまま歩く。


「舞奈のことなんだが、あいつは昔から思ったことがすぐに口から出るヤツなんだ。別に悪気があったわけではないから気にするな」

「いえ、全然気にしてないので大丈夫ですよ」


 楓に気を使ってくれていることが手に取るようにわかる。正直言って、すごくありがたい。


「そうか、舞奈も副委員長の俺にお前を任せたことだし、一応ちゃんと考えているはずだ」


 舞奈と口にする度に慧の口元が綻ぶのは気のせいではないだろう。楓は密かに慧を応援する。2人が上手くいきますように。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る