第25話 とある昼休みの出来事
楓は水でびしょびしょになった制服を絞っていた。もちろん、自分でかぶった訳ではなく、かけられたのだ。昼に教室棟から食堂へ歩いている途中、ざっぱーん、だ。木葉がいない時を突いて、楓は毎日のように似たようなことにあっていた。
「またか……。もういい加減抵抗しろよ」
上の方から声がして、声の方に目をやる。光希がそこにいたのには、気づいていた。そのため楓は全く驚かなかった。すると、体重がないかのような身軽な動作で光希が木から飛び降りてくる。ストンと光希は地面に足をつけた。
「いやー、そうは言ってもねー」
あはは、と軽く笑うと、光希は露骨に嫌そうな顔をした。
「俺に手間掛けさせるな」
そう言いつつも、光希は楓に右手を向ける。蒼い粒子が舞い、楓の身体が暖かい風に包まれた。心地良さに目を閉じて、身を任せる。暖かい風が消えてしまうと、楓は言いようもなく、名残惜しく感じてしまうのだった。
「ありがと……。ところで霊力って使っていいんだっけ?」
「……。まあ、大丈夫だろう……」
「何、その
学校の規則を忘れていた光希をジトッと見る。光希は後ろめたそうに楓から目をそらす。そのまま1分程固まっていたが、突然聞こえてきた声に時間が融解した。
「さっき確認された霊力はおそらくこの辺で使われたものでしょう」
「わかった、その辺りを捜索しろ!」
「はい!」
二人はギクリと身体を強張らせた。風紀委員会と思しき声が少し離れた所から聞こえる。ここにたどり着くのも時間の問題だろう。
「おい、来ちゃったぞ、風紀委員」
「霊力をあまり使わない術式だから大丈夫だと思ったんだが……。風紀委員会が思ったよりも優秀だった……」
言い訳らしき事を呟く光希の制服を引っ張る。
「それは後でいいから、サッサと逃げるぞ」
楓の目に金色の光が走る。足に力を込めて飛び上がり、木の枝に乗る。鋭い呼気とともに楓は屋根に飛び乗った。
「お前、本当に人間離れしてるな……」
楓の後を追って、身体強化をした光希は木に足をかけるようにして駆け上る。一息に枝を蹴ると、屋根に着地した。
「風紀委員会だ……」
ちょうど2人が屋根に登った後に、風紀委員会の生徒たちがたどり着いた。
「何で霊力をそんなに使わない術式で見つかるんだよ?」
風紀委員から目を離さずに、楓は小さい声で文句を言う。その言葉にカチンと来た光希は、やはり風紀委員から目を離さずに応戦する。
「そもそも、何でお前はずぶ濡れだったんだ?」
「かけられたんだよ。当たり前じゃん」
悪びれず楓は胸を張って答える。呆れた光希は勢いを削がれた。
風紀委員会の二人はしばらくその場でウロウロしていたが、犯人を見つけられなかったようでやがて立ち去った。2人はふうっ、と安堵の息を吐く。
「そこは胸張って答えるところじゃないだろ……。っていうか、抵抗しろ」
「あんな大勢に抵抗すればどうなるか、もっと大変なことになるんだぞ」
「……だが、いつまでもそう保守的だったら、何も変わらない。それもわかってるんだろう?」
その言葉に、楓は押し黙る。
「そんなの……、わかってるよ。だけど、ボクが抵抗すればみんなにも被害が及ぶかもしれない。それで友達を失うことが何より怖いんだ……」
折り曲げた足に頭をうずめて楓は呟いた。
「⁉︎」
肩に突然手をかけられて、楓は顔を上げる。光希の真っ直ぐな瞳が楓の目を捉えた。
「そんなことで俺はお前から離れないし、お前が嫌がっても側にいる。俺は任務はきちんとこなす。だから、俺たちの心配はするな。それに、お前はもっと他人を信じろ」
ふふっ、楓の口から笑い声が漏れた。光希はそんな楓を訝しげに見る。
「なんだ? 俺、変なこと言ったか?」
「ううん、相川がこんなこと言うなんて、驚いただけだよ」
「どういう意味だ?」
「何でもないよ、でも……、ありがとな。そんなこと言ってくれる人なんていなかったからさ、その……、なんだ? 嬉しかったよ」
はにかんだ笑顔を浮かべて、楓は微妙に光希から目を逸らす。特に何か思ったわけでもないのに、光希は自分の顔の温度が上がるのを感じた。
「べつに……、俺はお前の護衛としての役割を果たしているだけだ……。変な勘違いなんか、するなよ」
「は? 勘違いって? 何のこと?」
キョトンとした顔をする楓を見て、光希は安心した。だが、寂しい気もした。
「ところでさ、いつ、ボクの護衛をするのを認めたわけ? 今まで散々嫌だって……?」
楓は気になった事を率直に言う。光希は目を逸らす。
「……そんなの、ただの気まぐれだ」
「えー、いいだろ、教えてよ」
はっきりと答えてくれない光希に楓は頰を膨らませて詰め寄る。光希はどことなく苛立ったような口調で言った。
「だから、気まぐれだって言ってるだろ! ……別に大した意味なんかない」
楓は訝しげに光希を見たが、これ以上聞いても答えてくれないだろうと思い、諦める。
「……別にボクは護衛、要らないし」
「そんな事関係ない。俺はお前の護衛をすると決めた。ただそれだけだ」
楓から目を逸らしたまま光希は言う。何となく、それを素直に受け取るのも悔しいので、楓は口を尖らせる。
「……とりあえず、ここから降りるか、」
光希は制服を払いつつ、立ち上がった。
「お、おう」
少し遅れて楓も立ち上がる。そのまま2人は屋根を歩いて屋上に侵入した。昼休みは後10分。
「ぐうぅぅうぅ〜」
何も食べていなかった楓のお腹が大きな声で空腹を訴えた。
「……」
「お腹空いた……」
屋上で楓は座り込む。期待を込めて光希を見るが、呆れた顔で見られるだけだ。
「さすがに俺でも食糧は常備してないぞ……」
「……ですよねー」
楓の隣に光希は腰を下ろす。誰もいない屋上は心地よい風が吹いていた。
「相川、霊力って普通の人には見えないんだよな?」
光希はとりあえず質問に答えたが、楓の意図がわからない。
「ああ、そうだが?それが……?」
「さっきさ、霊力をあまり使わない術式を使ったって言ってたよな?じゃあ何で風紀委員に見つかったんだろうなーって」
「……っ! 気づいたのか……」
光希は楓に自分の弱点を見抜かれてしまったことに驚きを覚えた。そして、いわれもない後ろめたさのようなものも。光希は小さく息を吐くと、口を開いた。
「前の試験で、俺の霊力保持量は見ただろう?そのせいか、霊力をあまり使わない術式にも、過分な霊力を使ってしまうみたいで、その過剰分が可視光として見えるんだ。風紀委員会は本来あれくらいの術式では動かない。だが、俺が使うと、戦闘用術式と同じくらいの霊力が観測されるみたいだ」
「ふーん、なるほどね。まあ、欠点という欠点でもないから、気にする必要はないと思うよ」
それを弱点だと思っていることまでを楓に見抜かれていたわけだ。光希は楓の評価を上げる。思ったよりも危険な奴かもしれない。
「よいしょ、」
ゆっくりと楓は立ち上がった。
「教室に戻らないとね」
「ああ」
誰かが屋上の前の階段を駆け下りる音に2人は気がつかなかった。
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