第三話 帝都魔王城出現事件:帝都最優の探索者の場合②

 魔王城が出現してから約一時間後。ラックウェル・クローバーが石化して数分後。

 帝都一番の大通り、真っ直ぐに進めば皇城へと辿り着くメインロードにて、帝都の兵士達と悪魔の王が向き合っていた。


「【――ほぅ、わざわざ出迎えてくれるとは。礼儀正しい人間ではないか!】」


「……お前が魔王かッ」


「【如何にも。我がこれからお前達人間を統べる魔王である。クク、よきにはからえ……とでも言っておこうか】」


「鑑定宝具を起動しろ」


「――名称看破! 悪魔王ゴエティア……やはり悪魔です! くそッ、名前以外の情報が見通せない!」


「やるしかないな、総員、戦闘用意! 目標、悪魔王ゴエティア! この先は皇城、絶対に死守し……どうした!」


「た、隊長……っ!」


「どうした、早く言……ぇあ、れぇ…………んぁ」


「体が、動ッ、石だ、俺の腕が砕けッ!」


「ぁああ、逃げ、逃、いやだ、やっぱり許――」


「石!? 待って、おれは、まだ何もしてぇぇえっあ」


「【フン、我の見た目で悪魔だという事はわかるだろうに。それなのにコチラを見通そうとしたのだ――逆に、我に見られても文句は言えまいな?】」

 

 悪魔王ゴエティアの紅瞳が怪しく光る。

 魔王の視界に映る兵士達が次々と石になり、砕け散っていく。

 立ち向かおうとした勇士も、恐怖で逃げ出そうとした臆病者も、悪魔の王の威圧に屈して何も出来なくなった愚者も、全ての人間の時を等しく止める権能。


「【悪くはなかったが……最期に思考を止めてしまったのはいただけぬなぁ。やはり普通の人間は石に変わる中、平常心は保てぬか。クフフ、あの愉快な人間はその点興味深かい――――ほう?】」

 

 石化の魔眼。ゴエティアの保有する数多の能力、その内の一つ。

 この魔眼は効果を自在に選択できる。

 

 それこそ、一切の動作を禁ずる事も――身も心も石にして粉砕する事も、自在である。

 ゴエティアはこの魔眼が好きだ。己が興味を持った愉快なモノを、永遠に保存できる能力。それだけでなく、己の不興を買ったモノを目の前で粉々に壊せる所も良い。

 

 だが、そんな魔眼にも弱点はある。

 

「――顕現した異界の主とお見受けする」

 

 魔眼の発動条件は視界に収める事。

 もたらされる強力な効果の割に、とても簡単に満たせる発動条件。

 

 ――それ故に己の命に届き得る力を持つ、真の強者相手に通じる事は余りない。

 

「その命、灰になるまで燃やさせてもらうぜ」

 

 小石の散りばめられた大通りを一人で進んできた男が、巨大な悪魔王の前に立ち塞がる。

 

「『炎獅子』グレン、魔王攻略を開始する」

 

 踊るほむらのように赤い長髪をたなびかせた男――グレンは引きってきた悪魔の燃え滓を投げつけながら、宣戦布告をする。

 

「【ククク、抜かせ人間!】」

 

 ゴエティアは原型不明の悪魔の亡骸を踏み潰して接近し、帝都最優の探索者との決戦の火蓋は落とされた。



 

 ――その戦いは一方的だった。


「【素晴らしいぞ、人間! お前も、我のモノにならないか! 我に傷をつけれる純粋な人間が存在するとは!】」


 悪魔王の肉体は既に傷だらけだ。

 ――刺し傷、切り傷、火傷などなど。

 ここに来るまで探索者や兵士達から攻撃を受けても無傷を貫いていた巨体は、どの方向から見ても傷が目立ち、身に纏っていた燕尾服はボロボロだった。


「――がッ、クソ、宝具、起動ッ燃え尽き……チッ!」

 

 しかし、グレンの肉体は更に傷付いていた。

 血で濡れてない箇所は無く。

 灰と土と血で汚れた体は、遠目から見たら人か否かも分からない。

 

 傷はあれど戦いに支障はないレベルの魔王に対して、グレンは既に満身創痍まんしんそうい、致命傷を負っている。

 これが、グレンと悪魔王の戦いが始まってから――十三分が経過して判明した、両者の差である。


「【惜しいな。人間、お前は本調子ではあるまい。初志貫徹、命をして我を殺す事を諦めなければ違ったかもしれないが……途中から我を押し留める時間稼ぎの戦いを選んだな?】」


「……お見通しかよ、悪魔がッ」


「【――無意味だ。何分稼いだ? これからお前は何分稼げる? それだけの時間に、我はどれだけ世界を侵略できる? 確かに異界“魔王城”ダンジョンは王である我が最大の弱点だが……敵は我だけではない】」


「帝都には、強いヤツなんて幾らでもいる。テメェの配下の悪魔を殺せるヤツなんざ、数える必要もない程にな。ただまぁ、魔王であるお前を相手に出来んのは、俺と、もう一人と……それくらいか」


「【そうか。ならば人間、残念な事だが、我は分身を扱える。本体である我とほぼ同格の存在が、既に――お前達の王がいる城に攻め入っているぞ?】」


「へぇ、そうかい。御高説ごこうせつ感謝する。素直なヤツだなお前」


「【我は悪魔の王だ。真の強者を相手に、低級の悪魔の如き不愉快な嘘は吐かん】」


「……なら、俺も教えてやるか。俺は帝都最優の探索者であると自負してる。魔物相手に負ける気は微塵もない……が、単純な“強さ”なら、俺より上がいる。だから、安心して暴れられる」


「【フム、なるほど。そんな愉快な話が事実かどうかは、お前を倒してから確かめてみよう】」

 

 今グレンが語った話には嘘と真実が含まれている。

 

 ――嘘を正すなら、グレンの前にいる魔王ゴエティアをなら個人集団を問わず、両手で数えられる程度には候補者が複数いる事。

 

 ――言葉通りの真実は、探索者としてではなく、単純な“強さ”ならグレンより上が帝都には確かに“ある”事。


 以上を踏まえて、早々に悪魔王を倒せぬ事を悟ったグレンは時間稼ぎに切り替えた。

 己が命を賭して相手にしている間に、悪魔王に対抗する戦力をまとめろという、帝都の強者達に向けたメッセージ。

 ――それも、そろそろ十分だろう。


「んじゃあ、こっからは時間稼ぎは無しだ。お望み通りに命懸けで殺しに行ってやるよ魔王さん。決戦宝具、制限解除――あ?」


 


 この日、帝都に“魔王城”が出現した日。

 グレンは二日酔いの鬱憤うっぷんをぶつけるかのように、決死の覚悟を持って悪魔王ゴエティアとの戦闘を開始した。


 そのグレンの覚悟は――。


「【は?】」


 ――帝都を覆う黒紫色の空、それがひび割れ、隙間から降ってきた一条の光……隕石がぶち壊した。


『天災は、いつやって来るか誰にも予測不可能である』


 魔王城が現れ、不安を感じる帝都の民の心を反映するかのように、帝都に影をもたらしていた曇天どんてん

 その空模様を、空から堕ちてきた隕石が打ち砕く。


 悪魔王とグレンの逼迫ひっぱくした戦闘、その緊張感が一気に無くなる。

 これまで密かに心配していた、魔王城が発生した辺りに住まう後輩の事もどこへやら。


 探索者と魔王の視線は、非現実的な光景ファンタジー――魔王城に降り堕ちようとしている隕石に集まる。

 いや、彼らだけでない。市民も、貴族も、商人も。帝都に存在する全ての人間の視線が突如飛来した天災に奪われる。


 先に気を取り直したのは悪魔王。

『――まさか、あの人間か!? 祈りだけで!? バカな、そんなバカな話があるか!』と明らかに狼狽うろたえ、グレンとの戦闘を放棄して魔王城上空に向かって高速で飛び立って行く。


 その時、魔王と対峙していたグレンは確かに聞いたのだ。


『――クク、フハハハハ、これは予想外! 愉快だ、愉快すぎるぞ人間、いや――ラックウェル・クローバーッ!!』


 あの魔王は確かにグレンの知り合いの名前を叫んでいた。


 幸運と呼ぶにはトラブルに愛され過ぎているし、不運と呼ぶにはいつも笑って楽しそうに無傷でトラブルを乗り越えている、“自称”世界で一番運が悪い男。


 彼の名前を耳にした時、グレンはあまり驚かなかった。


 思わず浮かんだのは、『またか』という呆れ。


 空の彼方では、悪魔王が隕石を止めようと奮闘し――結局、自然の超暴力には抗えず、健闘虚しく魔王城と共に跡形もなく隕石によって粉砕されていた。


 こうして、帝都に“魔王城”が出現するというバカみたいな出来事は、空から飛来した隕石が全てを壊していったというバカみたいな天災によって救われ――


 ――そのバカみたいな天災を、後輩のバカが神話の大魔術で召喚した事になり、その功績が認められて新たな勇者に任命されるというバカみたいな結末で大団円ハッピーエンドとなった。


 最終的に、この帝都魔王城出現事件でグレンが得たのは、皇城に向かう悪魔王を抑えた功績が認められた事による多大な褒賞くらいだ。

 

 その金で行きつけの酒場に行き、帝都中にばら撒かれている新聞を読みながら、あの日の朝の思考を思い出す。


 

 ――いつからラッキーを見る目が変わったのか。


 それはきっと――初日だ。

 彼と出会った、その日の最後。

 

 別れ際に見た、彼の瞳。


 自らが体験した不幸を、これといった感情を混ぜず、ただただ言葉の羅列られつで説明していた時の、普通の人の瞳。


 人によっては耐え切れずに人生を自らの手で終わらしてしまう程の悲劇の当事者になってなお、彼は普通に暮らしていた。


 おそらく、五年という、そこそこ長い期間の付き合いがある自分が今日死んだとしたら。


 彼は悲しんでくれるだろう。もしかすれば涙を流し、食事も通らぬほど落ち込んでくれるかもしれない。


 ――けど、それだけだ。


 死んだ日は凹むだろう。その次の日も引きずるだろう。

 でも、グレンが死んだ次の次の日には立ち直って普段通りの日常を歩み始める。

 一週間もすれば、グレン・アグニレオという存在は『ああ、そんな先輩探索者もいたな』程度の過去の知識になる。


 ラックウェル・クローバーという人間は、そういう人間だ。

 

 その確信がある。

 

 だって――。

 


「――やぁ、マスター。いやぁツケがあるのと無いのとじゃあ、店のドアを開ける時の感動が違うね。カランって鐘の音が心地良い。いつもはほら、心苦しい気持ちでツケ払いにしてるから。ドアが重く感じるんだ」


「はぁぁあ。だったらツケ払いをすんなよ勇者様?」


「ハハハ……まぁうん、気をつけるよ。それよりさぁ、広まってるの、呼び名ソレ


「隣を見ろよ」


「え? ――わぁグレン先輩じゃないか。なになに、新聞読んでるの? 号外? うわ、僕の顔写真じゃん。こう見ると僕って案外良い感じの普通の顔してるよね」


「普通の人間は先輩を酒に溺れさせないし酒場でツケ払いなんかしないんだよアホラッキー」


「ひっどいなぁ、この前奢ってあげたのに」


 酒場のカウンター、グレンの隣に座った男はいつも通りだった。

 初めて会った時と同じ、『灰被り』トレードマークの薄汚れた灰色の外套を身に付けて、ハハハと軽く笑う彼が新しい勇者であると一目で分かる人間は少ないだろう。

 帝都選出の勇者という世界最高峰の栄誉、探索者の名声の最上位の称号を与えられたというのに、驚くほどいつも通り。


「マスター、僕にも何か頂戴よ」


「お仕事はどうした?」


「なんかさ、他の国で選ばれた勇者が来るまで暇なんだよね。すぐ来るらしいんだけど、日付は未定みたい」


「暇ならそこで新聞読んでるグレンでも連れてダンジョンに行ってこいよ探索者。帝都の近場に新しいのが出来たって盛り上がってるぞ。そんで稼いで俺の店に金を落とせ」


「お、さっすが酒場のマスター。やっぱり酒場のマスターは面白そうな情報を集めてるよねー」


「よせよ、褒めても酒しか出ねぇぜ?」


「酒で充分だよ――よし、それじゃ先輩、この後暇?」


 その男は変わらない。

 故郷を失って一人になっても、勇者の称号を手に入れても。

 ラックウェル・クローバーはいつも通りに笑って日常を過ごしている。


 勇者に選ばれるのは、例外なく“強さ”を持つ人間だ。


 では、この男の“強さ”とは何だろう。


 ――“自称”世界一運が悪いクセに、ひたすらにイカれた引きの強さか?


 ――現在、帝都中で話題になっている、異界“魔王城”を魔王ごと吹き飛ばした、天を切り裂く隕石を召喚する大魔術か?


 グレンの意見は違う。

 前者の凶運は認めるが、“強さ”と呼ぶにはトチ狂っている。

 後者の神話の如き魔術に関しては認めない。というより、コチラは完全に出まかせだろう。噂の広がり方が速すぎる。明らかに誰かが意図を持って広めている。


 なら、グレンから見た勇者ラックウェル・クローバーの“強さ”とは。

 

 それは――

 

「――ハッ雑なナンパだなぁオイ。せっかくだ。俺を置いて勇者になった生意気な後輩をしつけけてやるか」

「おぉ、やる気じゃん。久しぶりだね、パーティ組むの。楽しみだ」


 ――どんな状況に置かれても、前に進む事を諦めずに生き足掻ける、盲目的なまでに普通の精神性。


 ある意味、全ての人間が大なり小なり持っている当たり前の技能。


 だが、この男はどんな悲劇でも、どんな喜劇でも、どんな場面でもその精神に狂いは生じない。


 きっと、それは世界を救う“強さ”……その可能性くらいにはなるだろう。


 だって――。


「んじゃ、マスター。行ってくるわ」


「じゃあねマスター」


「おう、グレン。そしてラッキー、テメェの代金はもらってねぇぞ」


「……あー」


「俺を見んな、払わんぞ」


「えぇ……じゃ、じゃあツケで」


「はぁ、勇者認定祝いだ。タダにしといてやるよ」


「本当!? ありがとうマスター! また来るよ!」


「そんときゃ金を持ってこい――行っちまったぞ。グレン、お前の後輩はどうなって

るんだ」


「探索者ってのはそんなモンだろ」


「全く、昔のお前……お前とあの人を見てるみたいだ」


「ハハ、そうかいそうかい、また来るぜマスター」


 だって――グレンは似たような男を知っている。


 どんな困難も笑って立ち向かい、前へ進んで踏み越え、世界に足跡を刻み続けた強き男。


 帝都最優の探索者を自負するグレンが、勇者になる事を諦めた要因でもある、


「あのバカが新しく勇者に選ばれたっつー事は。そういう事、だろうなぁ」


 ――“先代”帝都選出の勇者も、似たような瞳をしていたのだから。

 

 




 

 


「――来た来た。そう言えば先輩、喋る宝具って知ってます? 喋るっていうか、自我がある的な」


「はぁ? んなヘンテコな宝具聞いた事もねぇよ」


「やっぱりそうですよねー。それじゃ、ダンジョン行きましょうか。なんか、最近発生頻度上がってる気がしますよね」


「まぁ魔王城が出来てすぐだしな。あと、俺は道具取りに家戻るから、先に行っとけ」


「了解」




 




「……しっかし、先輩でも分かんないとなると、うーん。困ったな、どうしようか。アテが外れた」




 


 


「ねぇ、君はどう思う、宝具君?」






 


『――訂正ちがうな。宝具“レメゲトン――全知に届く小さな鍵”は自我を持つ宝具インテリジェンスの類ではない。基本機能は自動解説、異界攻略の補助だ。お前の頭では理解が難しいか?』


「うんうん、難しいね。話すというか、聞こえるというか、つづられるというか……本型の宝具って初めて見たから、これが普通なのかよく分からないんだよなぁ」


「――悪魔王ゴエティア、死して尚も僕に面倒ごとを残すとは……魔王のドロップアイテムとか本当に僕が使って大丈夫なのかな?」


『大丈夫だ。お前は運が良い。悪魔王ゴエティアを倒し、宝具を獲得した人間はどの世界でもお前一人だけだ』


「……やっぱり、僕は運が悪い」



 

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