第二話 帝都魔王城出現事件:帝都最優の探索者の場合①

 大陸中央に位置するベルディアス帝国。

 その首都である帝都は、勇者の選定を任された五大都市の一つである。

 他の五大都市と比べても、明らかに『異界遺跡』――通称“ダンジョン”の出現頻度が高い、大陸で一番危険で、一番英雄が誕生しやすい土地だ。

 この地は古来より強者が集まりやすい弱肉強食の魔境であり、その気風は国の発展にも影響し、帝国も実力主義を基本原則として繁栄している。


 その実力主義の象徴こそ、ダンジョンを攻略する“探索者”に他ならない。

 彼らがダンジョン内で討伐した魔物のドロップ品などは、帝国の経済に多大な潤いを与えており、帝国も探索者達に様々な優遇政策を行なっている。

 

 また、強力な探索者には様々なモノが集まる。

 金や宝具といった財に飽きる事のない美男美女。

 そして、世界中にとどろく名声に――人類史上最高のほまれである『勇者』の認定。

 

 帝国の歴史において、探索者の成り上がりなど珍しくもない。出世の方法など、幾らでもある。

 そんなシンデレラストーリーを夢見て――あるいは、そのおこぼれにあずかろうと――全国各地、時には国を超えて大陸中の人間が集まる大都市、それが帝都である。



 だが、まぶしい光がある所には、暗い影がある事も事実。

 実力主義の帝国の中心地が、最も実力主義なのは語るまでもない。

 強き者は上へ上へと強くなり続け、弱き者は骨まで噛み砕かれて捨てられる。

 ただの力自慢では舞台に上がる間も無く追放される、怪物達の蠱毒こどく


 それこそが帝都。

 それこそが帝国。

 それこそが――今代の世界最強の証明と言われる、帝都選出の勇者の“強さ”の源泉。


 


 ――それ故に、帝都選出の勇者に無意味な敗北は許されない。





 

*――*――*


 帝都で暮らす探索者、グレン・アグニレオがその男と出会ったのは、今から五年も前の事になる。

 田舎から帝都に夢を見てやって来たらしい、灰色の外套をまとった若者。

 まだ少年と呼んで構わないだろう、明らかに荒事に慣れてなさそうな痩せ男は、『故郷の村が、近隣の山にできたダンジョンから漏れ出た魔物に襲われて住めなくなったから、一人で金を稼ぐため探索者になりに来た』と語った。

 

 第一印象は『たぶん、一週間後には死んでるな』であった。

 少年の身体に鍛錬たんれん痕跡こんせきはない。帝都に成り上がりを夢見て訪れる若者は数多いが、その成功者のほとんどが何らかの才能を持つ者であり、彼には無理だろうとグレンの経験が告げていた。

 それでも少年に帝都の案内をし、探索者組合との顔繋ぎや、不要となった探索道具の貸し出しと手解てほどきをしたのは、グレン・アグニレオが人並みの善性を保持していた証だろう。

 探索者の中には新人を騙し、身包み剥いで売り飛ばすような悪人もいない訳ではないのだから。


 彼は純朴じゅんぼくな少年だった。天然で、どこか抜けているのに、ところどころで現実主義。

 少年の年頃なら『勇者』になる事を憧れとしている者も少なくないのに、どこか厭世的えんせいてきな男。

 

『貴方と出会えたのは、僕の人生の数少ない幸運の一つだ』


 別れ際、そう笑っていた少年にグレンは気になっていた事を一つだけ聞いたのだ。


 ――どうして、一人で帝都に来たのか。家族や友人はどうしたのか?


 最初出会った時はお互いに躊躇ためらいがあった。グレン自身が余り他人の事情に踏み込みたくなかったとも言える。

 しかし半日近くを共にして打ち解けた今、ようやくずっと気にしていた質問を口にできた。


 彼は、『故郷の村が、近隣の山にできたダンジョンから漏れ出た魔物に襲われて住めなくなったから、一人で金を稼ぐため探索者になりに来た』と話していた。


 グレンは探索者だ。そこそこ長い期間、ここ帝都のダンジョンで魔物とやり合ってきたベテランだ。

 だからこそ、『少年一人だけが帝都に来た』事に引っ掛かりがあった。


 帝国はダンジョンが発生しやすい。

 その分、強者が生まれやすく、地方の村であっても、狩人や自警団、引退した探索者など、対魔物相手の戦力が揃っている場合がほとんど。

 

 ――そんな村が魔物に襲われて、住めなくなるほどの被害が出た。


 ここまではあり得る話だ。

 気になったのは次。


 ――だから、金を稼ぎに一人で帝都に来た。


 ここだ。

 一つの村を住めなくなるほど崩壊させる魔物は、相当上位のダンジョンにしか現れない。

 そのレベルのダンジョンが村の近くに出現して、生き残りが戦闘経験ゼロの少年一人だけ――そんな事態は基本的にあり得ない。

 

 少年のケースを考えるなら、通常、結末は二つだけだ。


 すなわち、村の戦力で魔物を倒し、ダンジョンも早期に攻略して大多数が生き残るか――それとも、抑えきれずに全滅するか。


 おそらく少年は前者のケースだ、とグレンは考えた。

 だからこそ、少年一人で帝都に来た理由を聞いた。

 もし、後者のケースのように村の戦力で抑えられなかった場合、村を崩壊可能な魔物相手に、ロクに鍛えた様子のない少年が一人で逃げられる可能性はゼロだから。

 

 それらの要因に加えて、――少年は普通だった。

 

 衣食住、親類縁者全てを失ったにしては、普通に笑い、普通に驚き、普通に人生を楽しんでいた。

 グレンは、ダンジョン攻略中にパーティメンバーを全員失って嘆き悲しむ同業の探索者を、数え切れないほど知っている。

 そういう連中と比べて、彼は明るかった。明る過ぎた。


 だから、グレンは気楽に聞いたのだ。ここまで付き合ったのも何かの縁、事情次第では手を貸してやるか、そんな気持ちで聞き――


『え? あぁ、住めなくなったとしか言ってなかったですしね。僕以外全員死んじゃったんですよ、こう、二足歩行の、灰色の巨人の魔物トロルにグワっと喰われちゃって』


 ――後悔した。


『元探索者の叔父さんが真っ先に腕もがれて死んで、逃げようにも巨人は家を掴んで投擲とうてきしてきてね、気づけば僕だけが生き残ってて……いやぁ、大変だったな』


 少年は、最近読んだ本の内容を語るかのように、淡々と自らが観てきた景色を述べて。


『――まあ、運が悪かったんでしょう。僕も、んなも』


 そう、あっさりと締め括った。

 

 

 ――それがグレンと少年が初めて出会った日の話。

 五年も経過し、かつての少年は青年になり、グレンも若者と自称するにはキツい年齢アラサーとなったが、彼と出会った日の衝撃は鮮明に思い出せる。

 

 かつての少年の名を、ラックウェル・クローバー。

 帝都随一のトラブルメーカーで――帝都最凶の幸運を持つ、後に自分を差し置いて勇者に選ばれる男。

 

 忘れられるはずもない。

 

 これが、帝都最優の探索者として名高い『炎獅子えんじし』のグレンと、弱肉強食の魔境である帝都で頭角を現した若手の超新星『灰被はいかぶり』のラッキーの初邂逅かいこうだった。






*――*――*



 思えば、最近のグレンは運が悪かった。

 異界遺跡ダンジョン攻略に行けば、魔物の群れを押し付けられた上にボスをかすめ取られるし、久しぶりにパーティを組んで攻略しに行けば、どうやらグレンの事を知らない帝都に来たばかりの探索者達ニュービーだったらしく随分と舐められるし。

 

 その日の朝も、家で起きてから地獄だった。

 原因は昨夜、ダンジョンで大金を稼いだらしい幸運な男ラッキーの飲みに付き合わされた事。

 グレンはそのバカの出鱈目デタラメな飲み方を知っている。ほどほどで離脱しようとしたが、結局は明け方まで酒を飲まされた。

 ――ヤツの奢りじゃなかったら、ブッ殺している。

 そんな物騒な事を内心で呟きながら、コップに注いだ水を喉に流し込む。


「……ァああ、クソ、あんの蟒蛇ウワバミがっ、加減ってのを知らないのか。酒をたるで飲むなアホ。んな飲み方してるから酒場でツケ払いなんてする事になるんだよラッキーの野郎がっ……ぐへぇ」

 

 グレンは目覚めてすぐ、二日酔い特有の気持ち悪さに襲われダウンしていた。

 自分はこんなにも苦しんでいるのに、元凶である年下の大酒飲みは翌日にはケロッとした顔でダンジョンを攻略しているのだから腹が立つのだ。


 グレンを飲みに誘った男――ラックウェル・クローバーとこのような長い付き合いになるとは、出会った当初は思いもしなかったと、頭痛がする中、がらにもなく振り返る。


 第一、グレンは彼の事をすぐに死ぬとすら考えていたのだ。おおよそ探索者として大成するはずもない、帝都では多数派を占める若者。それが出会ってすぐの印象だった。


 その考えが変わったのはいつだっただろうか。

 グレンが貸した装備品も奪われた、新人探索者を対象にした大規模盗難事件にあの男が巻き込まれた時か。

 それとも、皇女殿下誘拐事件であのアホも一緒に誘拐された時だろうか。

 はたまた、カルト教団の首魁しゅかいとしてあのバカの名前が挙がった時だったか。


「……アイツ、この五年で色んな事件に巻き込まれすぎだろ。自分からトラブルを呼び込んでおいて何が『運が悪かった』だふざけんな」


 帝都は誇張なしで、様々な強者が集まる世界の中心と呼んでも良い。人が集まる所に問題は付き物、強者のサラダボウルとなっている帝都も同様。

 そんな帝都でも、彼ほど短期間で連続してトラブルに巻き込まれ――全てをなんやかんやで乗り越えてきた男はいないだろう。


 だが、“自称”世界一運が悪い男の凶運も、ここ数ヶ月は鳴りを潜めている。

 あのトラブルメーカーぶりを知っている探索者仲間の中には、そろそろとんでもない事件が起こるのではないか、そんなバカみたいな話を本気で心配しているヤツも居ないではない。

 

 もちろん、グレンは違う。

 事件とは、原因があって初めて起きるのだ。

 ここ最近の帝都に怪しい噂などは存在せず、平穏であると断言して良い。


「ハハハ、こっから何か起きるなら、それこそ街中にダンジョンが出来るのか、空から魔物が降ってくるとか、そんくらいしかあり得ないだろ」


 そして、それらの天災的な事件が発生する事はまず無い。

 まさに、杞憂きゆうというヤツだ。

 それはグレンが探索者として育んできた、当たり前の感性と言えるだろう。


「ハァ……今日は寝て過ごそう。別に予定はないしな」


 ――それ故に、明日のグレンが今のグレンに一言送るとすれば。


「一日休んだくらいで生活に困るような底辺探索者じゃないんだよ俺は」

 

 人が天災を恐れる理由の一つは――


「あぁ、気持ち悪い。次アイツに会ったらどついてやろ――は?」


 ――天災は、いつやって来るか誰にも予測不可能だから、という言葉だけだ。



 

 探索者グレン・アグニレオが二度寝をしようとした瞬間、帝都郊外にて街を巻き込む形で異界“魔王城”が出現。

 

 同時、帝都内外周辺に生きる全ての存在に、酔いも眠けも一切合切を吹き飛ばすおぞましい悪寒が走る。


 それはグレンも例外でなく、彼は長年の探索者業でつちかった経験と、己の身をおおう不快感から超高難度の異界遺跡ダンジョンが出現していると理解し、すぐさま意識を戦闘に切り替えて――


「――――ゥウォロロロロロオオオオオ」


 ――二日酔いと異界出現のダブルパンチに耐え切れず盛大に吐いた。



 時を同じくして、異界“魔王城”前の正門。あるいは、ラックウェル・クローバーの住居前にて。


「【――クク、あぁ、これはとても、愉快だな】」


 とある悪魔王が降臨し――。


「――むにゃむにゃむにゃ」


 ――“自称”世界で一番運が悪い男はぐっすり眠っていた。


 後世で『帝都魔王城出現事件』として語り継がれる天災の如き大事件の始まりである。



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