孤高の景色

芥龍

第1章 覚醒

第1話 黒き闇の支配者


古びた倉庫街の一角に佇む、黒塗りの建物。そこがマフィア《ノワール・クレア》の

本拠、通称「アジト」だ。


ヴィルド・ド・モンフォール。

この街の裏を統べる男。

冷酷、威圧、そして絶対的な支配力。

その名を聞けば、

敵対組織の者たちは息を呑み、身を隠す。


夜更け、会議室の扉が静かに開く。

金髪を後ろで束ねたレオン・ヴァレリが

姿を見せた。

温厚な微笑を浮かべながらも、

その目は鋭く、

いつでも銃に手を伸ばせる距離にある。


「ヴィル、例の密輸ルートの件。港の警備が強化されてる。」

「……構わん。奴らが動く前に、先に抑えろ。」


低く響く声。

だがその直後、

ヴィルドの指が一瞬、机の上で震えた。

息を吸い込もうとしても、胸が狭まる。

短く、押し殺したような咳が漏れる。


「……っ、けほ、……ふ、っ……」


レオンの眉がかすかに動いた。


「…ボス。無理を――」

「黙れ。……仕事中だ」


冷たい一言で切り捨てるが、

その息はどこか掠れている。

空気を吸うたび、喉の奥がざらつく。

まるで鉄粉を吸い込んだような痛み。


それでも、

誰にも弱みを見せるわけにはいかなかった。

ボスが咳き込むなど、

命を狙われる理由になるこの世界で。


「……港は俺が見てくる。」


レオンが静かに言う。


「ボスは――」

「行け」


ヴィルドは立ち上がり、

咳を押し殺したまま、窓の外を見つめた。

カンヌの夜景。

海風の中に漂う潮と火薬の匂い。


この街を支配しているのは、

金でも法律でもない。

――恐怖と、信頼。

それこそが、この世界を牛耳れる。


レオンは一礼し、扉を閉める。

残された部屋で、

ヴィルドは再び短く息を詰まらせた。


「……っ、は、……けほっ……ふ、……」


机の端に手をつき、ゆっくりと息を整える。

肺の奥で、何かが軋む音がした。


――今日も、誰にも見せない。

それが、この街の王である証だ。


その夜、レオンの報告が届く前に、

港で銃声が響いた。

火花が散り、裏社会の均衡が、

わずかに崩れ始める。

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