第5話 好きって言ってないのに、好きってバレてる昼休み



 昼休み。

 教室がいちばんにぎやかになる時間。


 机をくっつけてお弁当を広げるグループもあれば、購買のパンを争奪戦してる男子もいる。

 外はまだ昨日の雨の名残で、グラウンドの端に小さな水たまりが光ってた。

 湿った風が窓から入ってきて、カーテンがふわっと揺れる。


「ゆうとー! 早くー!」


 真咲が自分の席の机をくっつけながら、手を振った。

 すでにお弁当を開けていて、フタの上にフォークを置いて、にこにこしてる。


「はいはい、今行く」


 俺は弁当箱を持って席を立ち、真咲の前の席に腰を下ろした。

 周りから、チラチラと視線を感じる。もう最近はこれが“日常”になってる。


「今日もいっしょなんだ?」

「仲良いね〜」

「幼なじみ強いな〜」

「もうカップルじゃん〜」


 ……そういうの、慣れたけど。

 やっぱり、真咲がちょっと照れる顔をすると、俺もつられて恥ずかしくなる。


「ち、ちがうよ! 幼なじみなの!」

 いつものように真咲が言い返す。

 けどその“なの!”が、どこかうれしそうで、説得力がゼロだった。


「ねえ真咲ちゃん、それ彼氏でしょ?」

「違うってばぁ!」


 笑いながら手をぶんぶん振る真咲の隣で、俺は苦笑した。

 こうなると、もう否定してもしなくても同じだ。


「……否定しても逆に怪しまれるやつだな」

「だね。でもさ」


 真咲が小声でこっちを向く。

 視線を下げて、弁当のフタをなぞりながら、ぽつり。


「もし“そうだったら”って言ったら、どうする?」


 息が止まった。

 “そうだったら”──つまり、カップルだったら、ってこと?


 俺は返事を探して、でも見つからなくて、

 気づいたら「……それは困るな」って口にしてた。


「えっ、困るの?」

「いや、困るっていうか」

「“困る”って、もしかしてイヤってこと?」

「違う、そうじゃなくて!」


 慌てて手を振る俺を見て、真咲がくすっと笑う。


「冗談だよ」

「心臓止まるかと思った……」

「止まったら困るよ?」

「うるさい」

「でも、ほんとはちょっと嬉しかったでしょ?」

「……」


 図星すぎて、言葉が出なかった。

 その沈黙だけで、真咲はもう答えを分かってるように笑ってた。



「ねえゆうと、卵焼き食べる?」

「いいの?」

「うん。ほら」


 真咲が箸でつまんで、俺のほうに差し出す。

 黄色い卵焼きが、ほんのり湯気を出していて、甘い香りがする。


「いや、それは……」

「いいから。はい、あーん」


 周りの視線を気にする余裕が一瞬で消えた。

 クラスの女子が「キャー!」って小声で笑ってるのが聞こえる。

 でも真咲は、まったく気にしていない。


「……あーん、しないの?」


 少しだけ首をかしげて、目を合わせてくる。

 距離、近い。

 近すぎる。


 無理だ。負けた。


「……あーん」


 ぱく。

 やわらかくて、ほんのり甘くて、味噌汁みたいにやさしい味。

 真咲の料理の味だった。


「どう?」

「……おいしい」

「ふふっ。でしょ?」

「おまえ、こういうの人前でよくやるな」

「平気だよ。だって、ゆうとだもん」

「それが一番心臓に悪いんだって」


 真咲は笑いながら、弁当をもう一度見下ろした。

 少しだけ、声が柔らかくなる。


「ね、ゆうと」

「ん?」

「わたし、こういう時間すきだよ」


 昼の光が、真咲の横顔を照らしてた。

 そのまま切り取ったら絵になりそうな景色。

 笑ってるのに、どこかせつない顔だった。


「なんかさ」

「うん」

「高校って、始まったばっかりなのに、もう“終わったらどうしよう”って考えちゃうんだ」


「……それ、わかるかも」


「ね。だから、ちゃんと覚えておきたいの。こういう日も」


 真咲はそう言って、箸を置いた。

 少しだけまっすぐ俺を見て、笑う。


「ゆうとの隣にいるの、いちばん落ち着く」


 その言葉が、胸の奥に静かに沈んだ。

 心がじんわりあったかくなる。

 けど同時に、少しだけ苦しくなる。


 ──俺も、同じ気持ちなんだよ。

 でもそれを言葉にしたら、この時間が壊れそうで、まだ言えないんだ。



 放課後。

 昇降口で靴を履きながら、真咲が小さくつぶやいた。


「ねえ、ゆうと」

「ん」

「今日もいっしょに帰ろ?」

「もちろん」

「やった」


 笑顔がこぼれる。

 その笑顔を見るたびに、俺の中の“好き”が静かに増えていく。


 傘もいらないくらいの空。

 昨日までの雨がやっと上がって、アスファルトが陽を返している。

 夕方の風はやさしくて、真咲の髪を少しだけ揺らした。


 俺は、思わず言った。


「なあ、真咲」

「うん?」

「もし、俺が“好き”って言ったら、どうする?」


 真咲は、目を丸くした。

 そのあと、少しだけうつむいて、

 ほっぺを赤くしながら、笑った。


「それ、今言ってるのと同じだよ」


 俺の喉が、うまく動かなかった。

 真咲の声は、小さいのに、まっすぐ届く。


「ゆうとがわたしを好きなの、たぶんもうバレてる」


 その瞬間、すべての音が遠のいた。

 風も、校門のざわめきも、全部。


「……バレてるのか」

「うん。すごく」


 真咲は、少しだけ笑って、俺の袖をまたつまんだ。

 そして、声を落として言った。


「でもね、わたしもだから。ちょうどいいよ」


 その“ちょうどいい”が、やけに愛しくて。

 俺はなにも言えないまま、ただ歩き出した。

 指先が、また自然に触れ合って、からまる。


 それだけで、全部伝わる気がした。


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