第1章 探検隊、動き出す


放課後の昇降口を出た瞬間、夕立の匂いがした。


夏になる手前の雨は、まだ少し冷たくて、アスファルトの上で独特の蒸気をあげる。


遠くの空で雷が鳴っていた。

まるで本当に――空の奥で何かが目を覚ましているみたいに。


「拓也!」


背後から息を切らして走ってくる足音。

振り返ると、案の定プラッチだった。


「本気でやるんだよね? あの募集、冗談じゃないよね?」


「もちろんだよ。冗談だったら黒板に書かないって」


プラッチはほっとしたように息をはいた。

そして、胸の前で手をぎゅっと握る。


「やっぱりさ……はじまりって感じがしたんだよね。

 ニュースを聞いた瞬間に。

 こんな偶然、ぜったい偶然じゃないって」


こいつは時々、僕より先に詩人みたいなことを言う。


「じゃあ俺たちで、東京オーロラの第一発見隊になろうぜ」


「うん!」


そこで僕は言葉を付け加えた。


「……ただ見るだけじゃなくて」


「え?」


「ちゃんと起こる瞬間に立ち会おう。

 観客じゃなくて――目撃者になる。」


その言葉を言いながら、僕の鼓動が一段強く鳴った。


家までの帰り道。


セミはまだ鳴き始めていない。

カラスの声と、湿った風だけが通り過ぎる。


だけど僕の足取りはやけに軽かった。

もう戻れない領域に踏み出した――

そんな確信だけが、不安より先に胸の奥を支配していた。


次の日。


正午のニュースで「磁気嵐30%の可能性」と報じられたあと、教室は半分お祭り騒ぎみたいになった。


だが――僕とプラッチは、昨日とは違う。

すでに《作戦会議モード》に入っている。


そこへ、一人の女子が机の上から身を乗り出してきた。


ぴょこり。


「……あたしも、行く。」


ぎょぴ子――魚マニアで有名な森本結実子。

ランドセルの横に、なぜか毎日ちっちゃい釣り浮きをぶら下げている変わり者。


「オーロラってさ、水の中に映ると、すごいんだよ。ユラユラしててさ…」


「いや、映さなくていいからね?」

僕が苦笑すると、ぎょぴ子は真顔で言った。


「水面のオーロラ観測、世界初かもよ?」


(……期待しないでおこう。)


こうして3人目が加わった。


だが、このあとすぐ――

僕らは予想もしない隊員を迎えることになる。


放課後。

いつものようにプラッチの家に集まった時だった。


ちゃぶ台の向こうで、にこにこと笑う一人の大人。


「私も参加します」


プラッチの母ちゃん。


エプロン姿。笑顔。

息子の友達を全肯定で愛せるタイプの母ちゃん。


僕は一瞬で悟った。


(――敵わない。)


しかし、ここで終わらないのがプラッチ母ちゃん。


「もちろん、静かにしています。威厳とかかざしません。

 ……ただ、一緒に感動したいだけです」


その瞬間、僕は理解した。


(この人、ただの保護者じゃない。

 俺たちの冒険を――ちゃんと目撃したい人だ。)


そして、この人が後で

予想外の形で未来へ物語を繋ぐ役目

を果たすことも、まだ誰も知らなかった。

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