第22話 運賃には、

「あのクソガキども、絶対泣かせたる」


 青筋を立てて怒りをあらわにする糸目がいる。

 怪異『カガセオ』だ。


 岡元椎太とかいうモブにさんざんコケにされてから、カガセオが真っ先に行ったのは戦力の増強だ。


 玉石混合。

 怪異になるポテンシャルがある怪談を、片っ端からかき集め、そのいくつかを下僕に調教した。


 カガセオの得意とするのは、二つ以上の怪異を掛け合わせて全く別の怪異を生み出す、いわば合成。

 素材となる怪異なんて何匹いても困らない。


「見とけよ見とけよ。恐ろしい怪物を生み出したるからな」


 異界につながるゲートを設置したビルから拠点に戻り、カガセオは首を傾げた。


「ちょい待てや。あいつはどこ行った」


 コレクションした怪異たちに話しかける。

 だが、怪異たちはなんのことかわかっていない様子に見える。


「あいつや、あいつ! おったやろ!」


 カガセオがいっそう青筋を険しくして怒鳴る。


(役立たずどもめ! なんで誰も覚えとらんねん!)


 低質な怪談から生じた怪異の脳みそはやっぱり低級なんか? と、問い詰めようとして、ふと冷静になる。


(待て。ワイはどの怪異のことを言うとるんや?)


 カガセオは記憶力に自信がある。

 少なくとも、手駒にした配下の特性くらい把握している。

 何故かというと、特性も知らずに合成なんて非効率極まりないからだ。


(おったはずや……! けど、どんな怪異やったか、まるで思い出せへん……!)


 背筋を嫌な汗がしたたり落ちていく。


「か、数は!? お前ら整列せい!」


 怪異を並べて、1体2体と数えていく。


「78、79……」


 奇妙なことを目の当たりにした。

 79体目の怪異が、忽然と姿を消したのだ。


「おいこらなに勝手に消えとんねん! 列を乱すなや……」


 後で説教だ、と考えて、強烈な違和感にぶち当たる。


「待て……いまここに居った怪異、誰やった」


 いたはずだ。

 点呼するために怪異を整列させて、しかもぽっかりとスペースが開いているのだから、誰かいたのは間違いないのだ。

 だが、顔も名前も特性も、何一つ思い出せない。


(んなアホな……っ)


 と、そこで気づく。

 既に点呼を終えた79番までの中にも、いくつか、空白が目立つことに。


「まさか! いや、ありえへん」


 だが、そうとしか考えられない。


「怪談そのものを、消滅させよるっちゅうんか!?」


 怪異は怪談から生まれる。

 元となる怪談が消滅すれば、いかなる怪異も生き残れない。


「じょ、冗談やあらへん! どこのどいつや、こんな滅茶苦茶なことしさがす奴は!」


 恒凪にまつわる怪談を、自らの能力を駆使して検索する。


 すると、本来ならポアソンディスクサンプリングしたように密集しているはずの怪談の数々が、一部、虫食いに遭ったようにぽっかりと穴が開いていることに気付く。


(明らかに妙な偏りかたしよる!)


 何者かが怪談を消して回っているのは明白だ。


(しかも現在進行形で消していきよる……!)


 まるでパックマンがクッキーを食べるように怪談を消して回るので、消えていく怪談を追えばその何者かの足跡が簡単に割り出せる。


「ワイの縄張りシマ勝手に荒らすなや……!」


 カガセオは異界と現世を繋ぐゲートを生み出し、そのゲートに向かって飛び込んだ。


  ◇  ◇  ◇


 一方、岡元家。

 鬼の形相で索敵に全力をとしていた人物がいる。

 †漆黒の堕天使† ちゃんである。


「ビビッと来ましたわーっ!」


 怪談のサーチ能力は、もともとの †漆黒の堕天使† ちゃんとカガセオの間に有意な差は無かった。

 性質が非常に人間寄りになってしまった分、現在は性能で劣るとはいえ、『鮫島事件』の足跡をたどることは彼女にもどうにかできた。


 そこに、突如異界と現世を繋ぐゲートが現れたのである。


 怪しく思って調べてみるとビンゴ。


「カガセオ、カガセオがいやがりますわ! 鮫島事件と直接対決するつもりですわ!」

「よくやったぞ」


 †漆黒の堕天使† ちゃんは一つ安堵した。

 どうやら、自分の原点からは遠く離れているらしい。

 これなら存在を脅かされる前に決着がつくはずだ。


「よし。じゃあ燈火ちゃんを案内よろしく」

「……は?」


 何を言いやがるのだろう。


「じょ、冗談じゃありませんわ! 何が悲しくって、台風みたいな災害に自分から突っ込んでいかないといけませんの!?」

「いや、だって移動してるはずでしょ? 燈火ちゃんが着く前に居場所が変わったら徒労じゃん」

「進路予測ぐらい立てられましてよ!?」

「でも予測でしょ? 確実じゃない」

「それは、そうですけど」


 †漆黒の堕天使† ちゃんは冷や汗を流した。


 というのも、彼女はおよそ1年前、猛威を振るった怪異のことを覚えているからだ。


 当時ですら、恐ろしい怪物だった。

 まして、『鮫島事件』という名前を得たいまなら、どれほど恐ろしい怪異になっているやら。


 そんなところに飛び込む?

 死にに行けと言われているようなものだ。

 断じて受け入れられる要望じゃない。


「む、無理ですわーっ!」

「どうしても?」

「どうしてもですわーっ!」


 岡元椎太は少し腕を組み、それからこう続けた。


「わかった。じゃあ交渉だ。燈火ちゃんを案内してくれるなら、俺の持っているとびきりの秘密を一つ開示する」

「え」

「もちろん、†漆黒の堕天使† ちゃんが知っておくべき情報だ」

「ほほほ、本当ですの!?」


 彼女は怪異だ。

 怪異を生む怪異だ。


 その彼女にとって、岡元椎太が有する知識というのは、筆舌しがたいほどの魅力を持っている。


(よ、よく考えれば、この巫女が同行するんですもの。私が矢面に立つ必要はないんですわ)


 その餌を目の前にぶら下げられて、彼女の思考は断る口実探しから、受ける理由探しにシフトしていく。


(そうですわ。遠目に、『鮫島事件』を観測できるところまで案内して、そのあとは全力で安全圏まで逃げかえればいいだけですわ。たったそれだけで、岡元椎太の持つ秘密を暴ける)


 こんなにおいしい話はない。


「ふん、そこまでお願いされては仕方ありませんわ」


 腕を組み、胸を張り、図に乗る。


「案内して差し上げますわ。感謝してついてきなさい」


 どんな秘密だろうな、楽しみだな。

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