第5話 悪名には、
一度目偶然、二度目必然、三度目当然という言葉がある。
始まりは偶然でも、再会したならそれは必然であり、顔見知りの仲になるのは当然という意味である。
だからと言って。
(なーんで、悪の組織のヒロイン様が、一介のモブである俺に付きまとうんですかねぇ?)
先ほどから、がんがん、と扉を叩く音がする。
「開けて、開けてよ……」
と涙目になりながら呼びかけているのを、インターホン越しに確認している。
「ねえ、お兄、入れてあげなよ、かわいそうだよ」
妹を自称する存在がジト目を向ける。
「ダメだ。絶対に入れるな」
「えぇ……? お兄がそこまで人に冷たくするなんて珍しいね?」
人じゃないんだよなぁ。
「えーでもー、うーん、うーん」
妹は俺と玄関を交互に見比べている。
俺の方を向くたび、視線で「絶対に開けるなよ」と念押しする。
妹がぐっと親指を立てた。
「お任せあれ」
とてとて、と可愛らしい足取りで、妹が駆けていく。
「待て妹よ。どこへ向かう」
「ふっふっふ、お兄知らないの? 『押すな』は『押せ』、『やるな』は『やれ』、『開けるな』は『開けろ』。この国では常識だよ?」
強いな、ダチョウ倶楽部!
パラレルワールドにも影響力があるのかよ!
「本気でやめろ」
「ええ、でも……」
「頼むから、やめてくれ」
「……はぁい」
妹がしゅんとして、脱力した。
わかってもらえたみたいで何よりだ。
やっぱり、心の底からの思いを打ち明ければ、相手に伝わるんだな。
「と見せかけてダッシュ!」
「あ、おいこら!」
リビングを飛び出し廊下へ。
直線をほとんど減速することなく玄関まで走り抜き、妹が扉の鍵を開ける。
「ひっぐ、ひっぐ、開いた……やっと開けてくれた……ひぐっ、私、もう一生このままなのかなって、ひぐっ」
そこに、衰弱しきった敵ヒロインちゃんがいた。
人々を混沌に陥れた恐怖の怪異としての威厳はうかがえない。
妹が「ん」と肘で俺を小突いてくる。
視線で「何か言うべきことがあるでしょ」と訴えてくる。
「えーと、とりあえず、上がってく?」
……もっと他に無かったか? 俺。
◇ ◇ ◇
階段を上って右手が俺の自室だ。
「それじゃ、痴話喧嘩の後始末をごゆっくり~」
「そういうのじゃないって」
「はいはい」
俺と敵ヒロインちゃんを押し込んで、にまにましながら去っていく妹が憎たらしい。
(正直、この展開は全く想像してなかった)
こうなってくると、燈火ちゃんの祖母にあたる老巫女にもらったお札が本物の可能性だけが頼りだ。
「……消して」
「え?」
「お願いします、あの投稿を、消してください。お願いします、何でもしますから」
敵ヒロインちゃんが頭を低くする。
あの、高慢なお嬢様然とした彼女が、である。
(しかし会って早々『投稿を消してください』とはどういうことだろう?)
全く心当たりが……いや。
「ひょっとして、蔵屋敷のツイート?」
「っ! それ以外に何があるって言いやがりますの!」
いや、消去法でそれしかないんだろうけどさ。
「でも、どうして?」
問いかけると、敵ヒロインちゃんは「ぐぎぎ」と悔しそうに歯を食いしばって上体を面白いくらい捻じったり伸ばしたりして、観念したように打ち明け始めた。
「実は私、人間ではないんですわ」
知ってる。
「あなたたちが悪霊、と呼ぶ存在でしたの。今日も今日とて、人々を恐怖に追いやり悦に浸ろうとしていたのですが……人々が私を見て言いやがるのですわ」
「なんて?」
「……し」
「し?」
よく聞き取れなかったので、聞き返す。
「ですから、――し、と」
「ごめん、よく聞き取れない」
「~~っ!」
いよいよ彼女は顔を真っ赤にして、
「だぁかぁらぁ! †漆黒の堕天使† なんて痛々しい名前で、私を呼びやがるんですよ!」
「ぶはっ!」
「笑うなですわー! 誰のせいでこうなったと思っていやがりますの!」
え? 何?
俺が出した犯行予告で自作自演を疑われて、痛々しい中二病のレッテルを押し付けられたってこと?
「あはははは!」
「笑い事じゃありませんのよー!」
「ふ、ふはっ、堕天使って……漆黒の堕天使って!」
「あなたのせいですわー!」
やばい面白すぎる。
「ひぃーっ。ごめん、ちょっと待って」
笑いの波を抑えるから。
……。
…………。
あはは! 漆黒の、堕天使って!
「名前がどれだけ大事かわかっていますの!? 私たち怪異は、人に畏れられてこそなんですの!」
「あー、うん。そりゃ、 †漆黒の堕天使† なんて名前じゃ締まらないよな」
「それだけでは済まないんですの」
「というと?」
ふぅ、ようやくツボを乗り切ったぞ。
これで真面目に話を聞ける。
「私たち怪異は遺伝子上の親を持ちませんの。では、どのようにして姿形が決まると思いやがります?」
どうって……考えたことも無いな。
「想像力。それが私たちの実体を定義しやがるんですわ」
「……ほう」
いい話を聞いた。
目の前の少女は爆乳。
目の前の少女は爆乳。
目の前の少女は爆乳――ッ!
お、おお!?
何ということでしょう。
目測Dカップだった胸が、みるみるうちに肥大化していくではありませんか。
「何しやがりますか!」
Gカップくらいまで膨らんだところで怒られた。叩かれた。
叩かれて、少女の方が悲鳴を上げた。
「い……ったぁ~~い! あなた、何しやがったんですの!」
「え? え?」
少女が滅茶苦茶痛がっている。
翻って、俺に痛みは全く無い。
「あ、ひょっとしてこれか?」
老巫女から預かったお札を取り出してみる。
「な、な、な……! なんで破魔の札なんて持っていやがるんですの!?」
「もらった」
「もらった!?」
安心した。
お札が本物で安心した。
それはそれとして、敵ヒロインちゃんは涙目かわいい。
「ぐぬぬ……とにかく、『名は体を表す』とはよく言ったもので、名前に私たち怪異は大きく左右されますの。『くねくね』より『
「まあ、見た目に限定すれば、そうか?」
実際の呪いはどっちも死ぬ程洒落にならない怖さけど。
「……まるでそれぞれの特性を熟知していそうな口ぶりでいやがりますのね」
「あっ」
やべっ。
俺はアニメで見たけど、普通は見ただけで廃人になりかねないんだった。
「いや、イメージだよイメージ。名前から連想される想像上の姿」
「……ふーん?」
少女は俺を疑わし気ににらみつけている。
「あなた、何者でやがりますか」
「な、なにが?」
「冷静に振り返ってみれば、私の行動を予見した時点でおかしいですわ。そして怪異の特性を熟知した知識量――」
敵ヒロインちゃんが涙をぬぐった後、じっと顔を寄せてくる。
「――あなた、ひょっとして」
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