第2話 ダチになってよ!!

西暦1966年


「ほぇぇ〜〜、あんた下田のお嬢様だったのね」


つばさは、千鶴の自宅を前に思わず息をのんだ。

二階建ての立派な日本家屋。広い庭に蔵や離れらしき建物まである。


「……まさか、放課後まで待ち伏せて、本当に家までついて来ると思わなかったわ」


千鶴は呆れたようにため息をつき、門の前で立ち止まった。


「いいじゃん!あたい、あんたのこと気に入ったんだよ!ダチんなってよ〜」


「それは、構いませんけど、でも、家の中まではダメよ」


「ええ?なんでよ?ここまで来て……」


「そんな服装では、私の母が敷居を跨がせないわ」


「このイカした特攻服が?! 何がいけねぇってんだ?!」

「大きな声出さないで!……それに、今日は家庭教師の先生がいらっしゃるから、本当にだめなの!」


千鶴は、つばさの前に手をかざして制止した。


「それでは、ごきげんよう」


そう言って踵を返すと、しずしずと歩き、家の中へと消えていった。


ピシャリと門前払いを食らったつばさは、キョロキョロと庭を見渡し、一本の松の木を捉えた。ニヤリと笑う。


「いいのがあんじゃん」


ブロック塀によじ登ると、猿のように身をひねって松の枝に飛び移り、枝に腰掛ける。そこからは、南雲家の二階が見下ろせた。


「千鶴の部屋は……と」


見下ろした先に、ちょうど千鶴の姿があった。


「よっしゃ!ドンピシャ!」


千鶴は清楚なブラウスにプリーツスカートへと着替え、鏡の前で髪を梳いている。

「ずいぶん、めかし込んでんな……」


その時、一人の男が門の前に現れた。

清潔な白シャツにグレーのスラックス。前髪はきっちりと七三に分けられ、二十代半ばの端正な顔立ち。


男は玄関前に立つと、軽やかに挨拶をした。


「こんにちは! 月島です」


つばさは、枝の上で足を組み、忌々しげに南雲家を睨みつけていた。


「なによぉ……アレ……」


窓の向こうでは、千鶴と月島が並んで机に向かっていた。参考書やノートを広げ、肩を寄せ合うようにして勉強している。時折、視線が交わり、千鶴は頬を赤らめた。


「本当に家庭教師?? あの男……千鶴を狙ってるんじゃ……」


目を凝らし、じっと二人を睨みつける。


「――あっ!」


次の瞬間、月島が千鶴の額にそっと唇を寄せた。


「んなっ! ななな!! なにぃぃぃ?!」


驚いた弾みで身体が傾き、そのまま真っ逆さまに木から落ちた。


「いってててて〜〜、ちくしょう……」


お尻をさすりながら二階を見上げたその時――。


「な、なんだ? オメェは?! どっから入ってきた?!」


厳つい大男が怒鳴り声を上げる。南雲家の庭師だった。


「や、やべー!」


つばさは飛び起きると、脱兎のごとく走り出す。

「こりゃ! 待たんか!!」


庭師も慌てて追いかけるが、もうつばさの姿はどこにもなかった。


「すばしっこい、おなごだわや……」


庭師は、荒い息をつきながら呟いた。

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