17日間の人類消失

Yukl.ta

序文:僕だけしかいない星

ある朝。

僕が目を覚ました時。

地球上の全ての人間が、消えていた。

地球総人口 およそ82億3200万人が、消失した。



…人類の滅亡。そのリスクは現実にあり得るものだとし、オックスフォード大学とその関係機関が分析を進めているという。


例えば、テクノロジーの暴走。

人工知能の発達や自律軍事兵器の暴走が人類を脅かす。ターミーネーターの世界だ。発達し過ぎたシステムが誤作動ひとつ起こすだけで文明機能が停止しかねない危機を孕んでいる。


例えば、環境破壊。

地球温暖化や異常気象による自然災害の頻発。更に環境汚染が進めば食糧不足や飢餓によって人口が激減するかもしれない。


例えば、感染症。

天然のウィルスだけでなく、もし合成生物学の進歩により致死性の高い病原体が発生し、そのワクチン対策が追いつかなくなるような事態になれば、医療体制は崩壊するだろう。


例えば、核兵器による自滅。

各国での戦争紛争が激化、核使用のリスクが急上昇し、一発でも核兵器が使われれば報復の連鎖により世界は核の炎に焼かれるであろう。


例えば、地球規模の自然災害。

巨大隕石の衝突や大規模な火山噴火が起これば、地球の寒冷化や地殻変動により星の生命は絶滅するだろう。


しかし。

今、僕の身に起きていることは、

今、地球上で起きていることは、

それのどれでもない。

何故かって?


僕が生きているからだ。

僕だけが、生きているからだ。


想像できるか?

たった一人の、世界を。

共に語る者も、

共に過ごす者も、

共に生きる者も、

誰一人存在しない。

一人ぼっちで生きねばならない、この世界を。


けど、それが…。

そんな世界が…。

…僕の願い。

理想郷だったのかもしれない。



ーーーーーーーーーーーーー


それは、世界に異変が生じて、二日目の事だった。


人の姿を求め、僕は都会…街に到着した。

この街は、僕の住む県内でも有数の都市だった。


これが日常であるならば、街の中を人がひしめき合い、喧騒と混雑が支配している筈である。

だが、今、街の中を支配するのは、耳が痛い程の無音の静寂でだった。

持ち主の消えた車が、閑散としたアスファルトの道路に何十台も停まっている。

人気店舗が所狭しと建ち並ぶショッピングモールにも、誰一人いない。


有名ブランドを扱う大型デパートの中で、僕は叫んだ。

「誰か! 誰かいませんかー!!」

誰もいない。誰もいない世界では人気店もブランドものも、何の意味もない。


大手地方銀行本店の窓口で、僕は叫んだ。

「誰か、居たら返事をしてくださーい!!」

誰もいない。人のいない世界で、金銭などまるで無価値である。


街に人は、誰一人、いなかった。

猫一匹、いなかった。


そのまま僕は街の散策に一日を費やした。

そして。

「…解ったよ」

僕は、理解して、言葉にする。

「…夢じゃない。」

やっと、現実を、受け入れた。

「…誰も、いないんだな…。」

今、この世界には、僕以外、誰もいないのだ…。

一切の人間が、消失している。

それを僕はやっと、確信した。

どうしようもない孤独感と、先の見えない絶望感を抱きながら、僕は街の散策を終わらせる。



世界から人間が消えても、地球は回る。陽は沈む。

街に夜の帳が下りる頃。世界のいたる場所で、ある変化が現れ始めた。

人間の管理が行き届かなくなった発電所が、その機能を停止し始めたのだ。

その結果生じたのは、

…闇、である。

僕はその時、街灯とネオンに照らされた道路をトボトボと歩いてた。

と、突然、街を照らしていた光が、消え始める。

次々と消える街灯。闇が口を開けて、僕に迫る!

文明が作り出す絶えることのない灯りに慣れていた僕は、突然に目の前を覆う闇の襲来に慄いた!


今まで歩いていた道を振り返る。だが、歩んで来た道は既に闇に呑まれてた。

慌てた僕は、足元もおぼつかず、周囲を見渡す。

が、それが間違いだった。

灯り一つ見えない闇の深淵が、僕の視界に広がる。

完全な暗闇の中で、人は方向を見失う。

混乱のさなかで右も左も分からない状態に陥る。

まるで航空機のパイロットが陥るような…空と海の青さの見分けすらつかなくなる状態…バーテイゴ(空間失調状態)に罹ったようだった。


暗闇の中に浮かぶ光は、月と星だけ。か細く小さな、仄かな光。

目前を照らすには、細過ぎる光だけ。

ネオンの消えたビル群。

街灯の無い道路。

無音の静寂。

その闇は、都会に慣れた自分が初めて体感する恐怖であった。

幼い頃、明かりのない森の中で、懐中電灯一つ灯しながら、同級生と肝試しをしたことがある。

その時にも、恐怖はあった。

闇の中から、草葉の陰から、壁の向こうから、幽霊が、怪物が、飛び出してくるのではないかという恐怖心。

だが、あの時と根本的に違うことがある。

今は、隣にも、前にも後ろにも、草葉の根分けて探しても、どこにも、誰一人いないのだ。

僕が叫び声を挙げても、誰も駆けつけてきてはくれないのだ。

例え恐怖に晒されても、誰も助けてはくれないのだ。

僕は、闇の中で混乱する頭を振り、どうにか心を落ち着けようとする。

落ち着け…。落ち着け…。

だが、動悸は収まらない。

僕は、もう一度辺りを見渡し、光を探す。

…まるで、街灯に群がる小さな蛾だ。

そう。僕は、この誰もいない世界で、虫けらに等しい程、ちっぽけで小さな存在だった。


暗闇の中で、僕の脳裏に走馬灯のような過去の記憶が、蘇る。

「なんで、こんな事になったんだっけ…。」


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