第9話 託す宛先

採用が決まったあと、銀次朗は諸々の契約に手間取って結局帰ることができたのは日が暮れてしばらくのことだった。


(りなのことだからもうどっか行ったか…いや、まだ仕事中かもしれないけどな)


半信半疑の状態で夜の住処へと入っていくとそこには彼女がいた。

スマホを見ているが、何度かチラチラと周りを確認しているのは自分が来るか待っているのだろうか?

そんな事を考えながらりなのもとへ急ぐ。


「…よう」


それなのにいざ本人を前にすると銀次朗は何を言えば良いのかわからなくなり、彼はぶっきらぼうにそう呟くことしかできなかった。


「ようって…銀ちゃんおじ臭いよ」


さらにりなに爆笑されることで耳まで赤くなる銀次朗。しかしその熱も北風とともに引いていき、段々と冷静さを取り戻す。

実は、銀次朗は心配していることがあった。


(りなは…俺と一緒にいたくないんじゃないか?)


少し前までりなが自分とともに暮らしたいという傲慢な考えのもと行動していた自分が一気に恥ずかしくなるが、今度は赤くならない。

銀次朗は至って冷静にりなに向き合う。


「仕事が見つかった」

「マジ!良かったじゃん」


その言葉には一切の嘘が混じっていなさそうだし、実際りなならきっとここで嘘をつかないだろう。

ただ、それがということに繋がるわけじゃない。


(もし俺がイケメンアイドルだったらこんなこと悩まなくて済んでたのかね…)


ビルに挟まれた夜空を仰いでも、見えるのは果てしない暗闇だけで、星の瞬き一つ捉えることができない。

銀次朗を照らすのは、人工的な光以外何も無いのだ。


彼は決心すると一気に喋り始めた。


「りな、正直言って三十路のおっさんと暮らすのなんて嫌だろ?だから俺じゃなくてせめてもっと若い…」


しかし、どうしてもその先の言葉を続けられない。


りなが――自分の理想が――どこの馬の骨ともわからない男と寝ている姿なんて想像もしたくない。

彼のそんな気持ちがそれ以上言葉を紡がせなかった。


それでも、賢い彼女は彼が何を言いたいのか理解し、プッとまた笑い出す。


「銀ちゃんさ、ウチがなんにも考えずに選んだと思ってんの?」

「は?」


りなは銀次朗のすぐ近くまでやってきて厚底のブーツで背伸びする。


「銀ちゃんって結構タイプかも、ウチ」


囁く声が耳元を通り、そこから銀次朗に熱を灯らせる。


「タッタタタイプって…大人をからかうんじゃないぞ!」

「ハハッ、バレた?」


りなは屈託のない笑顔を浮かべながら、それでも真剣な声で彼に言う。


「でも半分は本当。銀ちゃんはウチにとって特別なの。私の周りにはしかいない。でもね、銀ちゃんはどれだけ経ってもでいる。そんな気がするの」

「どういうことだ?りなの周りが…りな?」


銀次朗が理解できないままりなはネットカフェへと足を運ぶ。


「何してんの?一緒に帰ろ?」


銀次朗はその言葉に慌てて頷き、そして頭を掻きながらりなのもとへ急いだ。


(俺も駄目だな…こんな若い子に助けてもらってばっかで)


せめて100円、いや50円くらいは自分が多く払おうと思う銀次朗だった。

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