エピローグ 新しい僕らの距離感
こうして見つめ合う格好になってしまうのは、あいもかわらず心臓に悪い。
透き通った宝石のような澄斗の瞳に吸い込まれてしまいそうになって、僕は視線を外せなくなってしまうのだ。
すると、ふと身を屈めた澄斗の唇が僕の額に触れた。
それはあっという間のできごとで、制止する暇もない。
その上、頬を赤らめながらいたずらっぽい笑顔でこんなことを言われてしまうと……
「そんな可愛い顔で見つめられたら抱きしめたくなる。……我慢できなくなるじゃん」
「っ~~~~~……が、ががっ、がまんって、な……なっ」
「あはは、冗談だよ。言ったろ、ちゃんと郁也のペースに合わせるって」
確かに澄斗は紳士的で、優しい。僕の気持ちを慮って、段階を踏んでくれているのがわかる。
あれから唇へのキスはしてこないけれど、こういったちょっとしたスキンシップはちょっとずつ増えていて、そのたびに僕は真っ赤になって茹で上がってしまう。
だけど、だけど……
澄斗がくってついてきてくれたり、軽いキスをしてくれたりするのは全然嫌じゃない。
むしろ……好きだし、嬉しい。もっと触ってきてくれてもいいのに……と、実はひそかに思っている。
ふたりきりのとき、僕に甘えるような顔をしている澄斗は可愛い。
得意の料理の腕を振るっているときの姿は楽しそうな顔も、それを食べて喜ぶ僕を見つめる澄斗の瞳は、すごく優しい。
ゲームで僕に負けたときの本気で悔しそうな顔、一緒に課題をやってるときの真剣な顔、僕との何気ない会話をしているときの穏やかな顔——……澄斗の何もかもが、今の僕にはかけがえのないものになっている。
(好きな人がいて、その人も同じ気持ちでいてくれる。これってすごいことなんだな……)
顔は熱いし恥ずかしい。
だけど、澄斗に行動してもらってばかりなのは申し訳ないし、僕は僕で気持ちをちゃんと表現したい……!
「でもね、澄斗。あの、ちょ……ちょっとくらいなら、もういいかなと……」
「ん? なにが?」
「そ、そのー……だ、抱きしめていただくくらいなら、その……いいかなと……」
一瞬きょとんとした澄斗の顔が、見る間にパァァッと輝きを帯びる。
そして弾けるような笑顔を浮かべた澄斗が、すぐさま僕を腕の中に閉じ込めた。
大きな身体、あたたかな体温、澄斗の優しい匂いに包まれる。
胸ははち切れそうに暴れているが、同時にむずがゆいのもどの愛おしさも込み上げてくる。
震える両手を持ち上げて澄斗の背中にそっと回すと、微かな吐息が僕の耳をくすぐった。
「ふふっ、……はぁ……郁也、ほんとどんだけ可愛いの」
「……澄斗こそ」
「そ? あぁ~……こうしてるとめちゃくちゃ幸せ。郁也、大好き」
「っ……」
喜びで胸が震える。
噛み締めるように、大切そうに僕の背中を抱く澄斗の全てが愛おしい。
僕はきゅっと澄斗のシャツを握りしめ、勇気を振り絞って背伸びをした。
「っ、郁也……」
僕からの二度目のキスを受け止めた澄斗の瞳がにわかに潤み、キラキラとまばゆく輝く。
言葉はなくとも喜びと感動をありありと語る澄斗の表情に、緊張気味だった僕の顔も思わず綻んだ。
心音がうるさい。
熱のこもった澄斗の瞳から目を逸らすことができない。
見つめ合い、そのままもう一度唇が近づきかけたそのとき——……ピンボーンと電子音がのんびり鳴り響き、あっという間に僕らを現実に引き戻した。
……いつの間にか時間が経ち、悠巳くんを交えてゲームをする約束の時間になっていたらしい。
途端に羞恥心が爆発した僕はぐいぐい澄斗の胸を押すが、その腕はまったくびくともしない。
「は、悠巳くんだ! 早く出なきゃ!」
「…………うん、悠巳だな」
「外暑いし、早く家の中に……」
「いいよ、しばらくほっといても」
「そ、そうはいかな…………ンっ」
玄関のほうへ逸れた僕の視線を引き戻すように顎を掬われ、そのまま唇が重なった。
ちょっと長いキス。
柔らかくて熱い澄斗の唇がたっぷり十秒くらいは僕のそれを啄んで——……やがて、名残惜しげに離れていく。
そしてとどめのように、吐息の触れる距離で澄斗は低く囁いた。
「今度は、邪魔の入らないときにゆっくりさせて?」
「……は、はい……」
「へへっ、なんで敬語? とりま、あのおじゃま虫を家に入れてやるかー」
頬を薔薇色に染めた澄斗が、足取りも軽く玄関へ歩いていく。
その背中を見送りながら、僕はへなへな……とキッチンの中にへたり込む。
——今年の夏は、ひときわ熱くなりそうだ。
おしまい♡
最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました!
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