第21話 愛の死 美月の死

「離して!!」


私──里中愛は、美月に強く抱きしめられていた。


あんなに大好きだった生肌が、今はどうにも気持ち悪い。


なのに──なのに、なのに、それでも美月を求めていた。


美月との記憶が次から次へと流れてくる。


──そっか、私たち相思相愛だね


──顔が真っ赤だよ、愛ちゃん


──じゃあ、私の膝枕好き?


──いつか愛ちゃんを振り向かせて、正式に付き合ってもらうから!


──私の、飲んでみる?


全部全部大事な思い出。


自分でも驚いてる。私ってこんなに美月のこと好きだったんだ。


「ううん、愛ちゃん、離さない。そばにいて」


美月は、甘い声でそう問いかける。


このまま、美月に身体を預けてしまえば楽になれるのだろうか。


もしかしたらそうなのかもしれない。


私は美月が好きだし、美月も私が好き。


それなら、美月の言う通りで、私は美月のお人形さんでも良いんじゃないか。


そんな考えが一瞬──ほんの一瞬だけ頭をよぎった。


けど、私は力を振り絞って美月を無理やり振りほどくと、走り出した。


「……!待ってよ、愛ちゃん」


美月は一瞬、呆然とした、それでいてどこか悲しげな表情を浮かべたように見えた。


けれど私は、美月の方を振り返らなかったから、実際にはどんな顔をしていたのか分からない。


ごめんね、美月。


もう美月には会えない。


美月はもう完全に壊れてる。


私の好きな美月は、もうここにはいないと分かった。


分かりたくないけど、どうしようもなく分かってしまったんだ。


私は、涙をこぼしながら、走り続ける。

少しよろけながら、時に転びそうになりながら。


今までの日々、楽しかったよ。


だって、生まれて初めてできた大好きな人だから。


学校通うのだって、美月と会えるって思えば嫌じゃなかった。


私、美月のことは心の底から親友と呼べた。


美月といるだけで日々はキラキラと輝いてるように見えたんだ。


あなたの優しい声を聞くだけで、

あなたの柔らかい手に触れるだけで、

あなたの笑顔をみるだけで、


幸せだったの。


だから……もっと一緒にいたかった。


言い訳にしかならないけど、美月からの気持ちは、重くて受け止めることができなかったんだ。だから、距離を置いた。


美月を傷つけるって分かってたのに。


本当は、美月に向き合うべきだったよね、私。


そしたら、美月と恋人になれる未来だってあったのかもしれないのに。


心の中でそう呟く。


ああ、美月と恋人になれたら、どれだけ良かっただろうか。


「もしも」ばっかりが頭を駆け巡る。


また一緒にタピオカ食べに行きたかったな。


あの店、期間限定フレーバーが出たんだよ。だから今度美月誘おうと思ってたんだ。



遊園地だって行ってみたかった。


最初はコーヒーカップやジェットコースターで盛り上がって、最後は観覧車でロマンチックな雰囲気に……なんて恋愛ドラマみたいな妄想してたんだよ。



高校もできれば同じところに通いたかったなぁ……


頑張って美月と同じくらい頭良くなって、制服がとびっきり可愛い高校に入りたかった。美月はモデルで忙しいかもしれないけど、時間を見つけてキラキラなJKライフ送ってみたかった。


そして、恋人になってさ……


ゆくゆくはキスもしてみたかった。

夜景が綺麗な場所とか幻想的なシーンで、美月にファーストキスを奪われたい。


今は中学生だからあれだけど、いつかあんなことやこんなこともできたら……とか思っちゃたりしたんだ。



けど、全部全部もう叶わないんだよ。


それが悲しくて悲しくてたまらない。


私は足を止めなかった。


美月の本性を知った以上、あとには引けなかったから。


階段を下り、玄関が見えてくる。


そうだ、外に出てさえしまえば誰か助けてくれるはずだ。


そう思い、扉の前に差し掛かったその時だった。


首に強い圧力が加わり、気道が潰されそうになる。


「ダメだよ、愛ちゃん」


後方から美月の声が聞こえた。


静かで、冷たくて、別人みたいな声だった。


「……!……ぁ……!」


首には何か細長いものが巻き付いて、息ができなかった。


多分紐か、それに似た何か。


私は必死にあがいた。


首に手をあて、必死に紐を外そうとし、手足をじたばたと醜くもがく。


けれど、一向に逃げられる気配はなかった。


「やっぱり悪い子だね、愛ちゃん。もう離さないから」


「……!……!はぁぁ………ぁ……!!」


顔が苦しみに歪み、瞳が潤む。


温かい液体が太ももを伝い落ち、床にぽたぽたと音を立てて広がった。


辛い、痛い、苦しい──


人生で感じたことのない苦痛だ。


まるで無数の棘が血流に乗って全身に巡っていくみたい。


「ずっと──ずっとずっと一緒だよ。愛ちゃん」


「…………っ!……っ!」


とっくに声は出なくなっていた。わずかな空気が喉をかする音だけが出てくる。


喉に指が深く食い込む。爪をたて、必死にかきむしる。


酸素を欲しようとするたびに、苦しくなっていく。


肺が焼けるように痛い。


本能のままに、生きるためだけに、身体が暴れる。


「……はぁあぁ…ぁあぁあぁあ……!」


けど、その抵抗も意味はなかった。


美月の力はあの華奢な身体から出ているとは思えないほど強くて。


そのまま、身体に残された力は少しずつ抜けていった。


「愛ちゃん、大好きだよ。これからもずっと」


「………………」


そのまま、視界はゆっくりと暗く黒く染まっていき、意識が遠のいていく。


少しずつ血も回らなくなって、生命の鼓動が消えていくのを感じた。


身体がどんどん冷たくなって、やがて意識は途切れ、何も見えなくなる。何も感じなくなる。


身体から力が抜け、先ほどまで必死にもがいていた腕が重力に従って、だらんと垂れ落ちた。


もう身体はピクリとも動かなかった。


そして私の意識は、もう永久に戻ってくることはなかった。





****


次回──第22話 


完結まであと2話。

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