第6話 愛の拒絶、美月の依存

時は現代に戻る。

ピンク色の照明に照らされ、6枚のモニターに囲まれた美月の部屋。


私たちは言葉を交わさず、ただただ向かい合っていた。

この場から逃げ出したい──けれども逃げるわけにはいかない。


私は疼く足をぐっと押さえつける。


彼女の黒曜石のような瞳に私が映ると、 ドクン、と心臓が跳ねた。


彼女は気味の悪い笑みで話を切り出す。


「ねえ愛ちゃん。この部屋、気に入ってくれた?綺麗でしょ?」


「何を言ってるの…?」


美月は罪悪感など知らない顔。

きっと彼女は──私とただ純粋に話しているだけなのだ。


「えへへ、これを使えばモニターの映像も自由自在だよ?」


そう言うと、懐から手のひらほどの小さなリモコンを手に取ると、映像が切り替わる。だが、今はそんなことどうでもいい。


「こんなの──っ、気に入るわけないじゃん。

美月ってさ、私の気持ち考えてるの…?」


「当たり前じゃん。私は、いつだって愛ちゃんのこと大好きだよ。

愛ちゃんの笑顔をずっと見守っていたいだけなの。分かって?」


「…じゃあ尚更こんなことやめてよ」


私は震えながらも、強い口調で言う。

美月にこんな強い言葉を使うのなんて初めてだ。


「こんなことされても私は喜ばない」


「……本気で言ってるの?」


「そうだよ。こんなこと、本気でやめてほしい」


「そっか…」


一瞬、空気が止まった。

ピンクの照明の中で、美月の顔がぼやけて見える。


「愛ちゃんは、自己中だよ」


「……っ!」


「愛ちゃん、私ね……

愛ちゃんの笑う顔が好きで、寝る前も、夢の中でも、ずっと考えてるの。


けど愛ちゃんは、私のことなーんにも考えてくれないよね。いっつも、いーっつも愛ちゃんのこと好きなのは私だけ。


私の胸は愛ちゃんでいっぱいなの。

だから愛ちゃんが私をいい加減に扱うたびに、胸が張り裂けるほど辛いの」


悲哀に包まれ、何かがぐちゃぐちゃに混ざったような声音。

それはどこか苦しんでいるようだった。


彼女は両手で自分の胸を押さえる。

美月の瞳から、ぽたぽたと涙が落ちる。


「だから…愛ちゃんに振り向いて欲しかった…」


彼女はただ儚げに、そして切実にそう告げた。


初めて見る親友の涙。

それは、月明かりに照らされたビー玉のように繊細だった。


透明なその粒が淡いピンク色に染められて床へと零れていく。


それは、胸が鷲掴みにされたように、痛々しい光景であった。


それでも──私は引かなかった。


「……美月のやってることは支配だよ」


「そんなことない──だって私は愛ちゃんが好きで」


「度を越えてるんだよ…美月のやってることは」


「……」


部屋に静寂が募る。

彼女は、親に怒られた子供のように小さくなっていた。


「ねえ美月、こんなことやめよう?」


「…でもそしたら、愛ちゃんは私のこと見てくれない」


「そんなわけないじゃん」


私は一息の間を置く。

息を静かに吸うと、美月の前に立ち、じっと向き合った。


「私、まだ美月のこと…親友だと思ってる」


「……本当に?」


「本当だよ」


私はそう言い切った。

それは紛れもない本心だから。


私は、あの日から受け入れるって決めてたから。

美月にどんな裏の顔があるとしても、私はそれから目を背けないって。


美月と過ごした幸せな時は嘘じゃない。

だから、私は美月の味方でありたい。


傍から見たら変に思うかもしれないけど──

それでも美月が好き。これが、私の選んだ本音ホンネ


「ごめんね、美月。

私…美月の気持ち汲んであげられなかった」


「……っ……」


美月のすすり泣く声が部屋に響く。

そのまま、膝から崩れ落ちた。


美月の息は小さく、しかし荒くなっていた。


「美月…私、美月と友達に戻りたいよ。また2人で笑い合って、楽しい時間を一緒に過ごそう?」


「愛ちゃん…」


彼女はただただ下を向いていた。

それは、まるで涙が堪えきれず──それを私に見せないように。





少なくとも、私は今この瞬間までそう思っていた。






「ねえ、いつから私たちって友達じゃなくなったの??」


「…え?」


一気に心臓が冷たくなる。


美月から出てきた一言は予想外もいいところだった。


内臓がギュっと潰されたような圧迫感と逃げ場のない閉塞感に襲われる。


何で──何でそうなるの?


「今言ったよね。友達に戻りたいって。じゃあ愛ちゃんは私のこと友達と思ってなかったんだ。さっき親友だと思ってるって言ったのも全部嘘?」


「違うよ美月!」


「いや、何も違わない。

やっぱり愛ちゃんは私のことなんて見てなかったんだね」


「だから違うって!

どうして分かってくれないの!?」


ドク、ドク、ドク、ドク。


背筋が凍るように冷たいのに、心臓は鼓動打ち血を巡らせ、身体は熱くなる。


「ねえ何で愛ちゃんは私に振り向いてくれないの?なのにどうして私は一方的に尽くさなきゃいけないの?尽くしても尽くしても愛ちゃんは私を愛してくれないのに!」


美月は声を荒らげるとモニターのリモコンを床に叩きつける。


すると、モニターには私の映像が映し出される。私が自分の部屋で勉強しているシーン、本を読んでいるシーン、テレビを見ているシーン、私が着替えているシーン、私がお風呂に入っているシーン──これ全部盗撮だ。


今更だけど、部屋中に貼ってある写真だってどこから入手したか分からない奴ばっか。


身体全身から彼女への情が後退り、血の気が引いていくのを感じた。


「ねえ美月いい加減にしてよ!」


耐えられなくなった私が叫ぶ。


「なんで…っ!私のこと信じてくれないの!?」


私は美月のこと信じたかったのに…!

本当にまだ親友でいたかったのに…!


どうして美月は、自分でそれを壊してしまうの!?


美月はゆっくりと私に近づいてくる。

その可憐な少女が、今はゾンビのようにおぞましく見えた。


「愛ちゃん…愛ちゃんっ!」


そう言うと、美月は急に私の身体にぎゅっと抱き着いてくる。


身体に、生温かい美月の体温が伝わる。

あんなにも好きで、触れたかったぬくもりだ。


「離して!!」


私は必死に抵抗する。


あれだけ触れたいと思っていた美月の柔肌が、今はどうしようもなく気持ち悪い。


嫌だ。やめて。私に触れないで。


美月は私を抱きしめたまま、耳元でささやく。


「もう離さないから──

ねえ、あの時みたいに私と一緒に幸せな時間を過ごして」


「──っ!ああっ!」


離してほしいのに。私に近づかないでほしいのに。

今だけは思い出したくないのに──


なぜだか溢れ出していくのは、彼女との幸せなひととき。


今はただただこの子を憎んでいたいのに。


それなのに、彼女の腕の中で、私はまだ──美月を求めていた。


****


>愛ちゃん、来週の土曜日デート行かない?


あの日、美月からそんな甘酸っぱいLIMEが送られてきたのを思い出す。


ああ──私、まだあの頃の美月を探しているんだ。


こんなことになっても懲りずに。







****


次回──第7話 初めてのデート♡


次回からはまた百合に戻ります。

ホラー展開もそれなりに書いていくので、見守っていただけると幸いです。


美月と愛の結末が少しでも気になる方は⭐︎やコメントを残していただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る