《中村ショウタロウ》③

 センパイが、御原ユイナが、こんな簡単にくたばるはずがなかった。


 ニュースで見た中村ショウタロウは、なんてことのない、心底つまらない、そこらにいくらでもいそうな顔の男だった。


 わたしなら、一分もあれば素手でこいつを殺せるだろう。


 そんな人間が、センパイを殺せるはずがなかった。


 常に冷静沈着で、それでいて誰よりも優しくて、そして強い、くねくねさえも斬り殺した、まさしくこの世の主人公とでも呼ぶべき御原ユイナを殺せるはずがなかった。


 あるいは、本当に殺したのかもしれない。しかし、この男が自発的そうしたのではないのだ。この男は怪異に操られて、センパイを殺したのかもしれない。今まで除霊師として活躍しすぎたセンパイを脅威に思った連中が、男を操って彼女を殺したのかもしれない。そうして洗脳された男は血に飢えた化け物となり下がり、他の無関係の人々を殺し続けていたのかもしれない。いいやもしくは、彼の魔の手に下った女性は皆、霊感を持っていて、あるいは除霊師だったのかもしれない。霊能力では勝てないから、物理的な手段に訴えたのかもしれない。それならばわたしが襲われないことに理由がつく。今すぐ他の被害者の素性も調べなければならない。あるいは、センパイの遺骨は、本当はセンパイのものじゃないのかもしれない。怪異ならば人骨を無から生み出すくらい出来るだろう。そうしてセンパイの死を偽装してまで向こう側につれていく必要があったのだ。それくらいに、彼女は並外れた存在だったから。男は殺人犯だったが、センパイ殺しだけは偽りの記憶で、死の偽装のために怪異が利用しただけに過ぎないのだ。もしくは警察にも連中の協力者がいて、免許証や人骨を偽装して、わたしたち新島心霊事務所がこれ以上事件について嗅ぎ回らないようにしたのかもしれない。このあいだのテケテケの件だって消化不良で終わったのだから、実はそこでも何らかの裏工作が起きていた可能性がある。テケテケをわたしが倒せなかったのは、それだけ相手が強力で、センパイさえも倒してしまうほどの力を持つ怪異だったからなのだ。もしかしたら聖マナミなんて存在しなくて、テケテケは無から生まれて霊能力者を狩るためのエサとして駆動しているのかもしれない。そう考えてみたら辻褄が合うではないか。考えてみたらそうだ。あの依頼者、武田コハルだったか。あの子だってやたらと協力的で、囮にさえなっていたが、それだって変じゃないか。そのへんの高校生が足が動かなくなる恐怖に耐えて囮をするはずがない。あれもまた、連中がわたしたちをおびき寄せるために用意した存在じゃないのか。一年半前にあった廃工場のテケテケだって同じじゃないか。ああやってありもしない噂でわたし達をおびき寄せたの違いない。そうして、連中の世界にとって脅威である御原ユイナを排除したのだ。そして、その妹であるアンナちゃんが現れたことで再び焦ってテケテケを差し向けたのだろう。……そういえば、テケテケを倒したとは聞いてるけれどどうやって倒したのか聞いていないじゃないか。もしかして所長は、アンナちゃんは、何かを隠しているんだろうか。いいや、所長は行き倒れかけていたわたしを拾ってくれたんだ、そんなことするはずがない。アンナちゃんは可愛いし何よりセンパイの妹なんだから、そんなことありえない。でも、操られてるとしたら? 考えてみたら変だ。どうして二人とも、センパイの死をあんなに簡単に受け入れているんだろう。わたしみたいに行動を起こさないんだろう。まさか、脳の一部をあいつらに操られているとか? そうやって無理やり認知を弄られて、疑問を感じられないような催眠状態に陥ってるのかもしれない。だけどわたしにその手は通じなかった。だってわたしは霊感ゼロなんだから。連中にとってある意味で最大の脅威はわたしじゃないのか。考えてみたらそうだ。くねくねは見たものの霊感を強める能力を持っていた。それって連中が見られることで力を強めることと符合してるじゃないか。だったらわたしは不倶戴天の敵ということになる。しかし倒したくても倒せないのだ。干渉したくても干渉できないのだ。だから嫌がらせをしているのかもしれない。ここまで身長が伸びたのだって連中がわたしを周囲から孤立させるための策略で、わたしが大学の第一志望に落ちたのだってあいつらのせいで、無理に入った大学で二留したのだって、就職活動が上手く行かなくて派遣になるしかなかったのだって、小さな女の子にしかドキドキできないのだって、お姉ちゃんが死んだのだって奴らがやったのだ。そうに違いなかった。ああ許せない、許してなるものか。センパイも姉も、連中に、向こう側から来た化け物に殺されたのだ。わたしの人生がメチャクチャなのは、あいつらのせいだったのだ。センパイはそのことをわたしに教えてくれようとした天使だったのだ。だけどそれが連中の逆鱗に触れて消されたのだ。早く証拠を見つけて、所長たちに見せないと。そうして二人の洗脳も解くのだ。そしてセンパイをあの世から、連中の世界から救い出して、みんなで幸せになるのだ。そこにはもしかしたら、お姉ちゃんだっているかも知れない。そうして完全無欠のハッピーエンドを迎えるのだ。ああでも、もしかしたら――


 ※


 中村ショウタロウ被告、拘置所で不審死?


 御原ユイナさんら四名の殺人及び死体遺棄で起訴され、裁判を待つあいだ拘置所に収容されていた中村ショウタロウ被告が、T県内の拘置所にて死亡しているのが今朝未明、発見された。


 中村被告の遺体は原型を止めないほどにずたずたにされ肉片となっており、顔面は腐ったザクロのように潰され、引き抜かれた内臓があちこちに散乱していたと言う。


 しかし付近の防犯カメラに犯人らしき姿は映っておらず、現場となった拘置所内の被告があてがわれた部屋の鍵も閉まったままだった。


 警察関係者は「まるでクマにでも襲われたようだ」と頭を抱えるが、その場に体毛はなく、当然ながら付近の防犯カメラにもそれらしい姿は映っていないという。体毛を含む一切の遺留物が現場からは発見されておらず、当直の職員が被告の叫び声などを一切聞いていないことから、事件はより一層の混迷を深めている。


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