《テケテケ》⑤

 いじめられて不登校になった生徒が電車で投身自殺を図り、上半身と下半身が切り離された挙げ句、失われた下半身を求めて校内を夜な夜な這いずり回っている――その噂は、私が通う中学にも流れていた。


 私は友達がいないし、当然噂話をしてくる相手もいないのだが、寝ているふりをしていると漏れ聞こえてくるほどに、その噂は盛況だったのである。


(受験生なのに何をやってるんだろう、この人たちは)


 なんて、私にだけは言われたくないと思うけれど。


 私はその噂の震源地と思しき高校――県立H高校に、そこの制服を着て潜入していた。


 H高校は県内でも上位に入る進学校であり、そんな学校でもこんなくだらない噂が流行ってると思うと何だか滑稽だった。私よりも年上で頭もいい人たちが、こんな噂に振り回れされてるなんて。


(高校って言ってもレイアウトは大体中学と同じだな)


「あ、……ええっと、御原さん、だっけ」


 そんな事を考えながら昇降口を抜けると、そこには依頼者――ショートカットの、少し背の高い活発そうな彼女――が私を待っていた。


「あ、どうも、御原です。ええっと」


「武田だよ。武田コハル。わたしは隣で立ってればいいだけなのかな?」


「はい」


 これもまた、所長が立てた作戦の一環だった。


『流石にひとりで行動してたら怪しまれるかもしれないし、何より現地ガイドはいたほうがいいだろ?』


 そういうわけで、私はテケテケの噂を探るべく見知らぬ高校の廊下を歩みだした。


「そういえば御原さんっていくつなの?」


「一五です」


「え、もしかして中三?」


 私が頷くと、武田さんは本気で心配そうな顔で言った。


「……こんなところでこんなことしてていいの?」


 まったくもって、そのとおりだった。


 ※


『……お父さんに、もう一度会いたいの』


 父が亡くなったのは、中三の春だった。


 突発性の脳卒中だったらしい。いきなり脳の血管が詰まって、死んでしまったらしい。仕事中にいきなり倒れて、そのままだったらしい。


 毎日遅くまで残業して、ろくすっぽ寝ずに朝早くに仕事に向かうような生活を続けていたせいでこうなったのだろうと、医者は言っていた。


 わたしの学校の学費を払うために、必死だったのだろう。


 けれども一方のわたしといえば、中学生になってからは父とは疎遠になっていった。昔は、それこそ小学生の頃は仲睦まじかったけれど、父の仕事が忙しくなり、わたしもまたせっかく入れてもらった学校で落ちこぼれになっている気まずさや、思春期特有の照れのせいもあって、父と疎遠になっていた。


 一体、最後に父と会話したのはいつのことだっただろう。


 それが思い出せないほどに、わたしと父は疎遠になっていて。


 そうしてるうちに、父は亡くなったのだ。


「……無理だよ。幽霊はいきなり見えるようになったりしないし、見えたとしても、特定の個人を探し出すなんて」


 彼女はそう言った。すごく申し訳無さそうに、そう言った。


 わたしがいくら追い縋っても答えは変わらなくて、わたしと彼女の関係は一時的に気まずくなった。


 だが、幽霊がどうのなどと言ってられない現実が、すぐにやってきた。


「ごめん、わたし、来年からは別の学校に通うね」


 そうだ。お金の問題だ。今年はすでに授業料を振り込んでいたが、来年以降は厳しかった。公立はともかく、私立の学校に通い続けるのは厳しかった。


 わたしがそう言うと、彼女は少し黙り込んだ後、スマホを弄りだした。


 そして、画面を見せたのだ。


「私、ここに外部受験しようと思ってるんだけど」


 そこには、県内でも随一の偏差値を誇る、公立の高校が表示されていた。


 それこそ、今のわたしでは絶対に届かないような、超々ハイレベルな学校だった。


「……そっか、やっぱりすごいね、アンタは」


 わたしがそう言うと、彼女はわたしを睨みつけた。


「違うでしょ。あなたもここを受けるの」


「は? え?」


「二人でこの学校に行こうって、言ってるの」


「いやでも、わたし落ちこぼれだし」


「まだ五月だし、私が教えれば、二人で頑張れば、なんとかなる」


「でも」


「デモもストもないよ。……私は、あなたと同じ学校がいいの」


 そういうわけで、わたしは無謀な受験戦争に身を投じることになった。


 ……ああ、わたしだって分かっている。


 この子が、わたしのために外部受験をしようとしていることくらい。


 わたしの言葉で、あっという間に覚悟を決めたことくらい。


 だからわたしも、頑張らなきゃいけないことくらい。

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