第六章《テケテケ》
《テケテケ》①
友達が、テケテケに襲われたかもしれないんです。
テケテケって知ってますか。事故で下半身を失って、這いずり回って足を探してるみたいなアレです。……わたしの高校では、テケテケについて、こんな噂が流れてたんです。
とあるクラスの生徒がいじめられて不登校になって、苦悩の末に駅で投身自殺を図った。彼女の遺体は上半身と下半身に分断され、自分をいじめた生徒の下半身を求めて夜の学校をさまよっている、というものです。
これ自体はまあ、よくある噂話ですよね。でも、あちこちで本当に流行っていたんです。もうすでに犠牲になってる生徒がいるとか言われてて。いたら話題になるなんてレベルじゃないと思いますが、それらしい話はまったくありませんでした。でもまあ、噂ってそんなもんじゃないですか。わたしも何も考えずにその友達――アオイに噂について話を振ったんです。クラスは別ですが、委員会が同じで友達になった子です。そしたら、アオイは血相を変えてくだらない、高校生にもなって何いってんの馬鹿じゃないのって怒るんです。ああ、アオイはこういう怖い話が苦手なんだな、意外と可愛いところあるじゃんって流してたんですけど。
……ある日、わたしとアオイが委員会の仕事で帰りが遅くなった放課後に、事件は起きました。すでに外は暗くなっていて、早く帰らなきゃと思っていたんです。それで、図書室がある別館から昇降口のある渡り廊下を二人で並んで歩いてました。やたらと長い距離で、夏や冬は生徒にとって悪名高い渡り廊下で、そのときも十一月の気温に肩が震えたのを覚えています。
ああ、こんな時間にこんな場所でこそテケテケは出てくるんじゃないかな――なんて思いながらも、何も言いませんでした。言ったらアオイが怒るだろうから。
普通に雑談しながら歩いていたんですけど、突然季節外れの、生ぬるい、血みたいな匂いのする風が吹いたんです。そしたら、アオイの態度が露骨に変わったんです。目を剥いて、息を呑んだのが分かりました。それで、校舎の本館がある方に向かって指をさして、あれなに? って言うんです。
わたしには、何も見えませんでした。
わたしには、無人の渡り廊下が続いているようにしか見えませんでした。
でもアオイは露骨に怯えた様子で、腰が引けていて、顔面蒼白で。
わたしがどうしたのって訊いても、震える声であいつが来るとしか言ってくれないんです。
いやあいつって誰だよ――そんなツッコミを入れる前に、アオイはわたしに背を向けてその何かから逃げ出そうとしました。わたしも怖くなって、一緒に逃げ出したんです。別に何がいるってわけでもないのに。
「ねえ、何から逃げてるの!」
「あいつだよ、あいつが来るんだ!」
「だからあいつって――」
わたしが問うよりも早く、アオイはなにかに足でも取られたように転んでしまって。
「アオイ!」
わたしが振り返るとそこには、確かにそれがいたんです。
足が、下半身がない、うちの学校のセーラー制服に身を包んだ、女の子が。
断面から血をダラダラと垂れ流して、恨みがましい目でこちらを睨めつける女の子が、確かにいたんです。
まさしくテケテケとしか言いようのない外見の女の子が、倒れたアオイの両足を掴んでいたんです。
だけどわたしが恐怖で目を瞑った一瞬に、それは消え去っていました。……だからもしかしたら、単なる見間違いだったのかもしれません。
「アオイ、大丈夫、アオイ!?」
わたしが倒れたアオイに駆け寄ると、どういうわけか彼女は立ち上がれないみたいで。
「……足に力が入らないの」
そんなふうに言うんです。腰でも抜けたのかなと最初は思ったんですけど、それがどうも様子がおかしくて。どんなに持ち上げようとしても、立ち上がらないんですよ。流石にこれはおかしいぞってなったわたしは、保健室から先生を呼ぼうと思ったんです。だけどアオイは、ひとりにしないでってわたしの足にしがみついて今にも泣きそうな声で言うんです。
……それこそ、さっきわたしが見た、テケテケみたいに。
だからわたしは、仕方なく救急車を呼ぶことにしました。もしかしたら怒られるかもしれないけれど、こんな状況のアオイを放置できなくて。そうして救急車を待っているあいだにもアオイの足は動かなくて、立ち上がれなくて、彼女が担架に乗せられて救急車に運ばれていくのを、ただ黙ってみていることしか、わたしには出来ませんでした。
……どうして一緒についていかなかったのかって? 我ながら薄情だと思いますけど、その時はどういうわけか、そういう発想に至らなかったんです。
翌日の放課後、わたしはアオイが入院しているという病院へ向かいました。
アオイの足はやはり動かないみたいで、どころか下半身の感覚が消えていることが分かったそうです。それこそ、下半身不随みたいに。ですけど、外傷らしきものは一切見つかっていなくて、どうしてこうなってしまったのかはお医者様でも分からないようでした。
……そんな感じのことを、一晩で一〇歳は老けたように見えるアオイが、いかにも空元気と言った様子で、わたしに説明したんです。トイレだって行けないから、カテーテルを刺してるんだよって、そう言うアオイの笑顔は、ひどく痛々しかったです。
わたしは、勇気を振り絞って、昨日何を見たのか問いました。
だけど、アオイにはその問いが聞こえていないみたいで、ただただ、これからどうしようって言うだけなんです。近い内にもっと大きな病院で検査してもらうとか、下半身不随の権威の先生がそこにいるらしいからきっと原因はわかるよねとか。
それでもわたしがしつこく訊ねたら、彼女は小さく呟いたんです。
「……知らない」
そこから彼女は叫び始めました。知らない、知らない、知らない、何も見てないって。
そのまま暴れはじめて、わたしがナースコールを押すと看護師さんが三人がかりで彼女を取り押さえて鎮静剤を打って、アオイはやっと大人しくなりました。
……それから二週間が経って、未だにあの子の足は動かなくて、原因も不明のままで、まったく口も利いてくれなくなって、何よりわたしは、あの時あれを、テケテケを見てしまったから……、だから、相談しに来たんです。この新島心霊事務所に。
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