《くねくね様》⑥
くねくね騒動から二週間後、御原ユイナは、行方不明になった。
ちょうど、妹である御原アンナの誕生日のことで。
わたし――旭カレンは、彼女が早めに帰って一緒に誕生日を祝うのだと言っていたのを聞いていた。
わたしも一緒に祝いたいと思ったけれど、会ったこともない女子中学生の誕生会にいきなり参加するのは流石に気持ち悪いと思って自重したのだ。
……そして、そのことを死ぬほど後悔した。
そのときわたし達が抱えていた案件は単なる噂レベルのもので、目撃者はいても被害者は確認されていなかったから、事務所にはゆるい空気が流れていた。
わたしとセンパイは噂のある場所を調べたり、文献に当たったり。誕生日が近いということもあって、センパイはずっと妹さんの話をしていた。
写真を見せてもらって、なるほど可愛いなと思った。
センパイによく似た、彼女をそのまま幼くさせたようなショートボブのエキゾチックな顔立ちは、ただそれだけで誕生会に参加したくなるくらいで――やめよう、やっぱりこれは気持ち悪い。
わたしが言いたいことは、そんなことじゃないのだ。
別れたのは、最後に彼女を見たのは、一八時過ぎだった。九月も中旬で日が沈むのも早くなっていて、周囲はすっかり薄暗くなっていた。
わたし達は現地解散で、わたしはただ、『お疲れ様でした』と言っただけだった。
『最近は暗くなるのが早くなってるから気を付けて』と一瞬言おうと思ったけれど、彼女はくねくねを単身で撃退するような超人で。
だからわたしは、ただ、『お疲れ様でした』としか言わなかったのだ。
ここでわたしが、気を付けてと言ったところで、何も変わらなかったかもしれない。
ここでわたしが、妹さんの誕生日会にわたしも参加していいですかと言っていても、何も変わらなかったかもしれない。
わたしも一緒に、行方不明になっただけかもしれない。
それでも、わたしはあの時、もっと何かやれたんじゃないかと思えてならなくて。
ただただ、後悔ばかりが募っていくばかりで。
御原ユイナが行方不明になってから一ヶ月後、わたしは自動車免許を取るための合宿に出かけた。
事務所から免許を持った人間がいなくなってしまったからだ。
その頃からわたしは、どこに出かけるにしても、スーツを着るようにした。
別に深い理由はない。ただ、センパイの、ユイナの代わりを少しでも出来るようにという願掛けのつもりだった。ジャージと比べてそれは窮屈だったし、こんな格好をしたところでセンパイの代わりが務まるはずもない。
それでもわたしは、スーツを着て仕事をするようになった。
霊感は相変わらずゼロのままだったし、センパイがいないから仕事の内容だって今までと比べてずっと大人しくなった。
それでも、わたしは仕事を続けた。
こうしていれば、いつかセンパイが見つかるかもしれないと考えて。
そうしているあいだに、あっという間に一年が経過して。
『そんなところで引きこもっててもどうにもなんないよ?』
わたしは、センパイの妹に出会った。
本当は何度も見ている。駅前で姉を探すビラを配っているのを何度だって見かけた。
本当は手伝いたかったけれど、でも、そんなことに意味を感じられなくて。
きっとセンパイは、この世界にはもういなくて。
そうじゃなければ、あんなに妹想いだったセンパイがどこかにいなくなるなんてありえなくて。
だからわたしは、アンナちゃんが霊を見れるようになって、内心どうしようもなく喜んでいた。
『思うに、今アンナちゃんは困ってると思うんだけど』
本当は喜んじゃいけないと分かっているけれど、霊が見えるのはきっととても大変だと思うけれど。それでも、彼女がいれば、センパイの、ユイナの捜索はきっと捗るはずで。
『アンナちゃんのお姉ちゃんが、ユイナが張ったやつだよ。お姉ちゃんに感謝しなきゃだね』
ノリで名前を呼び捨てしちゃったりして。
『……なるほどなあ、魅入られちゃったんだ、アンナちゃん』
とにかくミステリアスなお姉さんを演じようと必死になっていた。……あんまり意味なかったけど。
そうしてわたし達は、また三人になった。
いつかきっと、ユイナにまた会えると信じている。
赤い赤ん坊の件だって実際に神隠しが起きているのだから、きっとそうだ。
ユイナが失踪する前に調べていた案件は、それから先、いくら調べてもそれらしい情報は見当たらなくて、完全に消え去ってしまったけれど。
それでも、あのユイナがそう簡単に死ぬタマじゃないって、わたしは信じているから。
※
「……そういえば、結局姉さんが失踪する前に担当していた案件って、何なんですか」
その日私は、所長に問うていた。
暦はもう十二月で、すでに私がこの新島心霊事務所に入ってから二ヶ月半が経過しようとしていた。
とても重要なことのはずなのに、色々ありすぎて聞きそびれていた、その問い。
「そういえば言ってなかったね。テケテケだよ」
所長は特にもったいぶることなく、そう答えた。
「テケテケってあの、下半身がなくて、足を探してる、みたいなやつですか」
「そうそうそれそれ。よく知ってるね、令和の女子中学生なのに」
「最近学校で噂になってたので」
「へえ。なんかうれしいな」
「うれしいもんですか」
「大人は自分が子どもの頃に現役だったコンテンツが今も子どものあいだで現役だったらうれしいものさ」
「コンテンツて」
「……あれも単なる、子どもの噂みたいなもんだったんだよ。とある廃工場で、依頼者は下半身がなくて這って移動する男の姿を見たっていうんだ。……その廃工場にはこんな噂が流れていたんだ。曰く、その廃工場はむかし食肉工場で、とある事故が原因で廃工場になったという」
「事故ですか」
「痛ましい事故さ。作業員の一人が機械に巻き込まれて、下半身をミンチにされて亡くなったらしい。そして廃工場には、その下半身を失った男の霊が現れて、代わりの下半身を求めてさまよっている――そんな噂が、その廃工場には流れていたんだ」
「それで、どうだったんですか」
「どうかといえば、その廃工場にそれらしい姿は見当たらなかったし、文献をいくら調べてみても、その工場でそんな事故があったという記録は見当たらなかった。工場が廃棄されたのは単なる経営不振で、どころかその工場は食肉工場ですら無かったんだ」
「……ええ」
「ちょっと前に都市伝説で痛い目に遭わされたからね、もしかしたらと思って調べてみたんだけど、見事に空振りだったわけさ。……ただ、ひとつだけ気になることがあって」
少しだけ声を低くして、所長は続けた。
「依頼者と完全に連絡が取れなくなってしまって、ちょっと伝手を使って調べてみたんだ。そしたら、彼が在籍していると自称していた学校に、彼はいなかったんだよ」
「え?」
「もちろん、彼が偽名を使っていた可能性は大いにある。普段のボクならそこで終わりにしていただろう。だけど、……ちょうどそのとき、ユイナくんが行方をくらましてたこともあってね、あるいはこの件がそれに関係しているかもと思って、少しちゃんと依頼者を探ってみたんだよ」
「……それで、どうなったんですか」
「彼はこのあたりの高校の制服を着ていた。夏服だったが、校章が胸にあったから確実にそこだった。だから張り込んでみたんだよ。……でも彼は、見当たらなかった」
ごくりと、私はいつの間にか喉を鳴らしていた。
「もちろん、彼がその学校のOBで、いたずらのために着替えていただけの可能性はある。だが、顔写真を撮っていたわけでもないから捜査はここで終了さ。それでもきな臭いものを感じて、ユイナくんの失踪と関係あると思って廃工場を何度も、時には外部の協力者を呼んで探索したが、得られたものは何もなかった。……そういうことが、あったんだよ。これが、ユイナくんが最後に関わって、影も形もなくなった案件さ」
そんな問答を所長としてから、数日後のことだった。
「友達が、テケテケに襲われたかもしれないんです」
そんな依頼が、新島心霊事務所にもたらされたのは。
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