《くねくね様》③

 T村は話に聞いた通りの田舎だった。見渡す限り田んぼと畑しか見当たらず、この暑さのせいか人もろくに出歩いていなかった。


 そんな場所に、私たち不審者三人衆がやってくる。スーツと白衣とジャージがやってくる。目的は、くねくねハンティングである。


「で、どうだった、そのメガネ」


「センパイにはメガネも似合うと思いました」


「キミには聞いてねえよ」


「いい感じよ、これ。ここに来るまでずっと掛けてたけど、一切霊が見えなかったわ」


 そうだ、これこそが対くねくね用の秘密兵器だった。サキコが発明した、掛けるだけで霊が見えなくなるメガネ。普段は仕事の邪魔だから掛けていなかったが、今日はずっと着用していた。


「今日は絶対外しちゃ駄目だからね、それ」


 そうだ、私は霊感がかなり強いため、双眼鏡など使わずとも遠くから見ただけでくねくねの影響を受ける可能性がある。


 よって今日の作戦は、このようなものだった。


「まずボクがくねくねらしきものを肉眼で見つける。そして、ボクの指示をもとに二人はくねくねのもとに向かってもらう。メガネはあくまで視覚にしか作用しないから、くねくねの立てる物音は聞こえるから、それをもとにユイナにはくねくねに札を貼ってもらって、見えるようになったくねくねを、カレンくんがなるべく見ないようにしながら斬り殺す。……これで大丈夫だよね」


 私たちは頷いた。


「カレンくんにはかなりリスクを踏んでもらうことになるけど、本当に大丈夫かい?」


「大丈夫です、わたし鈍感なので」


「そういう問題じゃない気もするけど」


 そういうわけで、私たちはくねくね探しを開始した。


 ※


 ……開始したが、それらしいものはまるで見当たらなかった。


「案山子ばっかりですね」


「空振りしまくりだね」


 私たちはひたすらに、田んぼの畦道を歩いている。殺意さえも感じられる異様な太陽光が、私たちを苛んでいた。


 幸いなことに案山子ならカレンでも見ることが出来るので田んぼを突っ切って案山子まで向かうみたいなことにはなってないが、それでもこれだけ暑いと堪える。


「なんでこんなに暑いのにスーツと白衣なんですか。マゾなんですか」


「さっきメロいとか言ってたじゃん」


「メロいけど流石に暑そうです」


「この白衣はね、魂なんだよ」


 反論するのもダルい私の代わりに、サキコが遠くに目線をやりながら適当に言う。


「魂なんですか」


「これ着てるとそれっぽく様になるだろう?」


「ずいぶん薄っぺらい魂ですね」


 とにかく、暑かった。


 私もその薄っぺらい魂とやらを脱ぎたかったが、ここまで来ると意地だった。


「……ていうか、本当にこの村で合ってるんですか」


「依頼者から聞いた場所は間違いなくここだよ。……とはいっても、ここでくねくねが目撃されたなんて情報はいくらネットを漁っても出てこなかったけどね」


「……それって、あの依頼者の彼氏がくねくね様によって呼ばれたとかもあり得るんじゃないのかしら。だとしたら、私たちはどうやっても会えないことになるけど」


「くねくね様て。色々混ざってるよ」


「ごめん。暑くて」


「キミたちは車のなかで休んでいなよ。ボクだけで探して、キミたちは車で追走すれば良い」


「いやでも」


「キミたちがへばっちゃったら意味ないし、一番リスクがないのがボクなんだからこれくらい体を張らなきゃだろ」


「そうじゃなくて、だったらサキコも乗ればいいじゃない」


「それじゃ駄目かもだろ。なるべく状況を合わせたい。車じゃなくて徒歩じゃないと見れない可能性もあるだろう?」


 そういうサキコの目は、バチバチにキマっていた。


 そういうわけで、私たちは軽トラをとってきて、外を歩くサキコに追走することになった。エアコンを最強に効かせて、窓を開いて外にいるサキコにかかるようにする。


 サキコといえば相変わらず白衣姿で外を見ていて。


「なんであんなに頑なに白衣のままなんでしょうか」


「……色々あるのよ、サキコにも」


 自分たちだけ涼しいところにいて、何だか申し訳なかった。


 そうして定期的に休憩を挟みつつ、私たちは畦道を走っていった。


「にしても、本当に全然見つからないね。さっきキミが言っていた呼ばれた人間しか見れないって説があり得る気がしてきたよ」


 車内でタオルで汗を拭いてポカリを飲みながら、サキコが言う。


「それなら依頼者が遠目で見れた意味がわからないし違うと思うけど」


「……とにかく、おかしいんだよ。依頼者は一時間も探してないって言ってたのに、こんなに探しても出てこないのは」


「暑すぎて集中できてないだけじゃないんですか?」


 言いながらカレンが霊感強化用のサングラスをかけて外を見ると――


「あ、いた」


 ありえない一言が、口元から漏れた。


「……は?」


「いますよ、白いやつ」


「いやいや、キミの霊感はそのサングラスを付けてもほぼゼロみたいなもので――」


「いいや、絶対あれはくねくねですって!」


 カレンはそう言うと、目を輝かせながら妖刀を片手に外へ飛び出していった。


 ※


『なるべく状況を合わせたい』


 新島サキコは自分の言葉を思い出していた。


 しかし、本当に状況を合わせると言うなら、自分はくねくねを見つける役には不適応ではないのか。


 たとえば、依頼者。


 あの依頼者は、病室で眠る彼氏を見ても特別何も感じていなかった。彼に憑いている黒いなにかに気づいていなかった。となると、彼女の霊感はやはり人並みということになる。けれども、その人並みの彼女がくねくねを遠景で見たのである。


 一方のサキコといえば除霊師としてならば中の下程度の霊視能力であり、除霊師として見れば非才であっても、一般人と比べてしまえばずっと見えている方になる。


 もしもくねくねを見る条件が、少ない、しかしゼロではない霊感だったとしたら?


 ならば、このなかで最もそれに相応しいのは――


「――サキコはそこで待ってて!」


 矢のように走り出したカレンの背を、ユイナが追いかける。


「私がなんとかするから、貴女はもしものときをお願い!」


 そう言われてしまえば、サキコが動けるはずもなかった。


 ※


 旭カレンには、本当に霊感がない。


 絶無と言ってもいいほどに、霊感がない。


 新島サキコ謹製のサングラスをかけることで、極限まで強化され限りなく現実に近い存在になった霊をぼんやりと見ることが出来る程度に、彼女には霊感がない。


 凡人でもそこまで強くなってしまった霊は裸眼で認識可能なのに、彼女はそれすらサングラスをかけてやっとぼんやり見える程度。


 そんな彼女が、強化も何もされていないただの霊を、それもサキコが認識できなかった霊を、サングラスをかけていたとはいえども認識できたのだ。


(――やっと、やっと見えるようになったんだ!)


 今までずっと疎外感を感じてきた。


 ユイナとサキコが幽霊の話をするたびに、疎外感を感じてきた。


 だけど今の自分には、確かに霊が見えていた。


 長い白い影が、くねくねが見える。


 それだけじゃない、あちこちにいる黒い影が、霊が見える。


 ユイナの言う通りに、幽霊はあちこちにいた。


 世界はこれほどに、幽霊に満ち満ちていたのだ。


 おぞましいはずの光景にしかし、恍惚さえも覚える。


 圧倒的な全能感。


 そして何より、ユイナにほんの少しだろうと近づけた喜びに。


 そうして彼女は田んぼを突っ切って、白い影の全容を視界に収めると――

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