《首吊り霊》②
近所のコンビニで下着を調達して、服はカレンさんのものを借りることになった。
『いやサイズ合わないでしょ』
『いいから、ね? 彼シャツみたいできっと可愛いから』
『キモ』
『お金も勿体ないし、ね?』
そういう形で押し切られた。いや本当にキモい。カレンさんが男性だったら完全に終わってる絵面だった。
ちなみに布団は車の中に積んであった寝袋を下に敷くことで代わりにして、ブランケットも同じく車にあったものを使うことにした。
「にしても、お風呂入りたくないですね」
「え、風呂キャン勢?」
「違いますよ。普通に怖いだけです。……あんなのがいるわけですからね」
「えー、意外と繊細っていうかビビリなんだね。さっきイキってたくせに。怖いならわたしも一緒に入ろうか?」
「もっと怖いんですけど」
「いやいやいや、流石に変なことしないよ!? アンナちゃんはわたしのこと何だと思ってるの!?」
「そうじゃなくて、二人とも裸だったら戦えないじゃないですか。……とにかく、カレンさんは外で守備を固めててください。いいですね?」
「別にいいけど」
リフォームでもしたのかここだけやたらと新しい浴室で、とっととシャワーを浴びてすぐに着替える。
膝下まで伸びるほどにオーバーサイズの灰色のトレーナーは、袖をめくらないとあらゆる作業が出来そうになかった。
「いやあ、やっぱり似合ってるね、ぶかぶかトレーナー!」
「はあ」
「まるで下に何も履いてないみたい!」
「履いてますから。体操着ですから」
「中学生って下にハーパン履きがちだもんね」
「悪いですか」
「マジで萌えだよ」
「萌えて」
二七歳の語彙に私はついていけなかった。
「腕まくってるのやめて萌え袖にしてみない? だらんだらんにしてみない?」
「嫌です。視線が邪なんですよ」
「じゃあ写真撮っていい?」
「もっと嫌です。とっととお風呂入ってきたらどうですか。なるべく長くゆっくりしてきてくれていいですよ」
「えー」
「えーじゃないです」
※
「見て見て、腹筋割れてるの」
スーツ姿じゃないカレンさんを見るのはなにげに初めてだった。風呂上がり、私がぶかぶかだったトレーナーをジャストなサイズで着こなした彼女は、唐突に腹筋を見せてきた。
「割れてますね。シックスパックです」
それは見事なシックスパックだった。流石に普段から悪霊を物理で退散させてるだけはある、きっと他の部分も筋肉質に違いなかった。
「触っていいよ?」
「触らなくていいです」
「パンチしてもいいよ?」
「パンチしなくていいです」
「ケチ」
何がケチなんだろうか。
そのまま私たちは愚にもつかない雑談をしながらコンビニ弁当を食べて、そのまま就寝と相成った。
「……それでさ、首吊り霊はどんな感じなの?」
いわゆる雑魚寝の状態。調光された仄暗い照明が部屋を包む中、布団に仰向けになりながら隣のカレンさんが言う。
「なーんもしてないですね。物音もしませんし」
そうだ、件の首吊り霊はただぷらぷらと揺れるだけで、何をするわけでもなかった。
「凄腕除霊師のアンナちゃんに恐れをなしてるとか」
「凄腕じゃないですよ。私一人じゃ何も出来ませんし」
「除霊グッズ貰ってたじゃん」
「大したものじゃないですよ。……それより、なんでカレンさんはそんなに幽霊が見たいんですか」
何の面白みもない、ぷらぷら揺れるだけの首吊り霊を視界の隅に収めながら問う。
「だって、幽霊ってロマンチックじゃん」
今の私からは絶対に出ない言葉がやってきた。
※
わたしってね、小さい頃からデカくてさ、男子たちにバカにされたり、すれ違ったときに鼻で笑われたり、富士山とかスカイツリーとか呼ばれたりして、大変だったんだ。
そんなわたしには二歳上のお姉ちゃんがいたんだけど、普通にちっちゃくて可愛い……そうだな、アンナちゃんやユイナみたいな小柄で華奢で可愛い子だったんだ。家族はみんな小さくて、わたしだけすっごい大きかった。隔世遺伝ってやつなのかな、父方の祖父が大きい人だったんだ。ちょうどアンナちゃんと同い年だったけど、一七八はあったかな。
あの頃のわたしは本当にコンプレックスの塊でね、おまけにコミュ障だったから、自分のことが嫌で嫌で仕方なかった。そんなふうにわたしがクソみたいな青春を送ってるなかでね、お姉ちゃんが彼氏を家につれてきたの。……わたしより背の低い彼氏をね。そいつもね、わたしのこと鼻で笑ったんだ。こんなやつがお姉ちゃんの彼氏なのが許せなくて、気がつけば手が出てた。……腹パンしてた。
でもって、それからはお姉ちゃんと大喧嘩。一ヶ月くらい無視し合ってた。そのときにお姉ちゃんはずるいよねちっちゃくて可愛くてわたしなんかデカくて可愛くないじゃんとかかなり恥ずかしいこと言ってた。あと彼氏の悪口を無限に言ってた。お姉ちゃんは彼氏クンがそんなことするはずがないとかしか言わなくて全然わたしの言い分を信じてくれなかった。アンナちゃんとユイナは年の離れた姉妹だからこんなことなかったかもだけど、年が近いともう大変で。……まあわたしもいきなり腹パンしたのは悪かったかななんて思ってたんだけど、結局謝れなかったんだ。
……死んじゃったからね。
普通の交通事故。トラックの脇見運転で、左折に巻き込まれて轢かれちゃった。わたしはもう一度お姉ちゃんに会いたくて、お姉ちゃんに一言謝りたくて、それで色々調べて降霊術をしたりとか胡散臭いグッズとかに手を出したりした。……でも駄目だった。
そりゃそうだよね。だってわたし、霊感ないもん。インチキグッズが悪いんじゃなくて、わたしが悪かったんだ。
だから思うんだ。……幽霊ってロマンチックだなって。死んだ人とまた話せるなんて、すごくロマンチックだなって。
お姉ちゃんだけじゃない。おばあちゃんにも、柴犬のどんぐりにも、三毛猫のレタスにも会いたいよ。他にも、会いたい人や動物がいっぱいいる。死んだ人に会えるなら、きっとみんな会いたいと思うはずだよ。
……まあ、実際の幽霊はおっかなくて、そんなのにならないですぐに成仏したほうが幸せだって、頭では分かってるつもりなんだけどね。
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