宙に魅入られた少年
僕はどこにでもいる8歳児。すこしおちゃらけているけどかっこいいおとうさんと、やさしくて料理のうまいおかあさん、少し暴君だけどいつも僕をまもってくれるおねえちゃんの4人家族。
でも僕は少し人と違うところがある。
それは同年代の子たちに比べて、ずっとずっと頭がいいところ。いわゆるギフテッドというものだと思う。
自惚れではなく本当だよ?
特異なのは大きな数の計算。僕には無限の中の模様が僕には手に取るようにわかる。
うん、最初は自信がなかった。
だから、こっそりおとうさんのスマホを使ってフリーメールアドレスを作り、市立図書館のパソコンから数学の懸賞問題をアメリカの大学教授に片っ端から送り付けた。
おとうさん、ぱすわーどが生年月日をもじったものなのはちょっと不用心だよ。
数か月後、内容はあっていたらしく氏名の照会が来たが、匿名を希望してその教授の名義で問題を発表、仮想通貨ウォレットに幾ばくかの謝礼が入り、僕は少しだけお金が自由になった。
これが5歳の時。
自分のスマホを子供部屋のおもちゃ箱の底に隠し持って、僕は少しだけ自由になった。
でも僕が天才なのは、おとうさんとおかあさんには隠している。
やり取りをしている大人たちも、僕が子供……それも小学生なんてことは知らないだろう。
僕もそれをばらすつもりはない。
いくら物事の一部が大人と同じ能力を持っていようとも、僕はまだ子供だ。
ギフテッドの多くがそうであるように、その才能を伸ばすためといったお題目で子供の時間をとられてはかなわない。
全部わかる内容であっても友達と一緒に受ける授業の時間は今しかないし、同い年の子たちと遊ぶ時間や喧嘩する時間も同様だ。
わざわざ必要以上に目立つことをしてこの大切な時間をなくしたくない。
匿名でできる範囲で十分だ。
あの時まではそう思っていた。
僕は渇望を持っている。まるで砂漠を彷徨う旅人が一滴の水を求めるかのように。
自覚したのは、はじめておとうさんに天体観測に連れて行ってもらった時。
空に輝くチカチカと光る星々に心を奪われた。
しかし、天体望遠鏡をのぞいた瞬間、違和感に襲われた。
小さなレンズ越しで見える星はとてもきれいだ。
そして、とてもイライラした。
なんで見るだけしかできないのだろう?
なぜ僕はここにいるのだろう?
なぜあの星々はあんなに遠くにあるのだろう?
……なぜ、まだ人類はあそこに行けないのだろう。
あるべき姿がそこにない、という表現がふさわしいのかもしれない。
どうしようもなく耐えられない思いになってしまった。
これは、
初めの、目を輝かせていた所しか見ていなかったおとうさんは、その後も僕を天体観測に誘ってくれるが、僕はあれ以来天体観測にはいかなかった。
どうしようもなく悲しくなってしまうから。
絶対にこの理不尽を正さなければいけない。
しかし、そのために長い人生で考えればここでつぶれるリスクは取れない。
でも、人類が星の外を目指し始めて1世紀がたった今でも、太陽系の外にすら出れない現在。
僕の中の保身は
あの日から、子供をやめるか悶々と悩んでいた僕。
そんなある日、転機が訪れた。
宇宙人が空から現れた。
大人たちは僕が思っていたよりもずっと愚かで、あれよあれよという間に地球は宇宙人たちの保護下に入っていった。
そして人類は宇宙人たちの生徒になった。保護国という名前は僕たちの歴史であったような存在ではなく、本当の意味での保護だろうと思った。
実際、その通りだった。
そしておとうさんはどういうわけか僕たちの国の宗主国のエルフさんの秘書になっていた。なんで?
でもそんなことはどうでもいい、重要なのはそこじゃない。
宇宙への入り口がすぐそこに迫っている。
手とり足取り教えてもらって、花よ蝶よと育てられ、僕が何もしなくても本来の歴史より数百年は早く人類は宇宙へたどり着く。
僕の予想が正しければ、彼らの保護なしに恒星間文明になるまで10年はかからないだろう。
数学の伝手で知古を得た科学者さんたちのグループチャットでも同じような見解だった。
手とり足取り教えられて10年?
……ながい。
大人たちにプライドはないのだろうか?
うん。もう待てない。
星の光にあてられて、乾ききってしまった心の飢えはもう耐えられない。
希望がなければあきらめられた。
でも、
僕はもう星の向こうに行きたくてどうしようもなかった。
すぐにでも宙に出て、大人になるころには星々を旅したくてそれ以外もう考えられなかった。
そのためには取れる手段はなんでも取ろう。
まずは、おとうさんのルートでどうにかしてエルフさんと知古を得よう。
でもどうやって?
おとうさんはあまり家では仕事の話はしたがらない。
観察官事務所の秘書が公的な役職でなければ、僕はいまだにおとうさんがあのエルフの秘書ということすら知らなかっただろう。
そう悶々としていると、おかあさんからあるミッションが降ってきた。
おとうさんが最近毎週のようにエルフの上司と飲んでいるから習い事の帰りに怪しいことをしていないかを見てきてほしいとのこと。
おかあさんの猜疑心は最高です。
大義名分とおとうさんの居場所の情報を得た僕は、さっそくおとうさんとエルフさんが居酒屋に入る。
ふつうのチェーンの居酒屋はたまに習い事の子が来るのか、子供の僕が入店しても特に不振がる様子はない。
入ってすぐ、おとうさんの姿をみつけた。
おとうさんに隠れて見えないが、長い耳の女性もいる。エルフさんだろう。
「そうだ!あんたがいるじゃん!どうよ!?」
「妻と娘と息子がいるんです許してください」
エルフさんがおとうさんに迫っていた。
おかあさんにつうほうかな?
いや、あれは……多分本気じゃないなぁ。
「息子さん何歳?」
「6歳ですね」
「てことは……ホモサピエンス族の――……がたしか12~3歳前後で……6年くらいか」
「ねぇー田中くぅん……もうちょっと家族ぐるみで仲良くしない?」
ん-?
これは……もしかして、僕の方が狙われてるか?
……ショタコン、ってやつか?
チャンスじゃないか? これは。
僕は初めて今のこの年齢に感謝した。
☆彡
あの後、こっそりおかあさんにエルフさんがおとうさんを口説いていたという情報をリークして夜に尾行する大義名分を得た。
ちなみにあそこに混ざって直接交流を深める案は却下。居酒屋の様子を見るに、たぶんおとうさんが止めに入る。
確保した時間は、そのままエルフさんの尾行に使う。
要人のくせにエルフさんはやたら一人で外に出ることがある。
もちろんどこかにシークレットサービスのような人はいるのだろうけど、管轄が違うのかおとうさんの姿は見当たらない。
とはいえ、なかなか長時間一人という時間はなかった。
おかあさんの猜疑心を解消し、かわりに習い事の時間を夜にして時間を確保。
そして、1年を過ぎたころ、チャンスはやってきた。
晩秋の今日この頃。
エルフさんは週三回、観察官事務所とホテルの道の間にある公園でお菓子を食べるのが最近のブームらしい。
広い公園の真ん中、東屋の下でケーキを食べるエルフさん。
ちょうど街灯もなく月明りと都市部独特の地平線から照らされる明かりに照らされたエルフさんは、絵になるなぁと思った。
――今日は金曜日。
エルフさんがいつもお菓子を食べる東屋へのレンガ道。
そこで僕は空を見上げて待った。
はじめておとうさんにつれていってもらって見たあの空に比べ、見える星は全然少ない。
地上の光がうるさくて空がくすんでいる。
「少年。こんな遅い時間に何をしているのかしら?」
女性の声が聞こえた。この声はエルフさんだ。
ゆっくりと振り向こう。表情は少しはかなげな、消えてしまいそうな泣き顔を一滴。
すぐに表情を消して不思議そうな顔。もしかしたら僕は役者の才能もあるかもしれない。
「……っ!」
あ、なんか刺さったっぽい。
「……あなたは?」
努めて抑揚のない声でエルフさんに問いかける。
「私は、そうね。エルフさんとでも呼んでもらえるかしら?」
分かったよ。
貴女を篭絡して、僕は星に手を伸ばす。
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