第7話 あるじ♀は客を迎える
昼。
今日はいつもより部屋が賑やかや。
ケージの中、温度三十一度、湿度五十。
環境は安定しとる。けど――
問題は外の世界や。
あるじ♀が朝から動き回っとる。
掃除、洗濯、なんか料理までしてる。
まるでイベント前夜のヒトの巣や。
「よし、これで完璧!」
珍しくキッチンから声がした。
ワイ、岩の上で首をかしげる。
(何が起きるんや……?)
その答えはすぐ来た。
ピンポーン。
「はーい!」
あるじ♀が玄関に向かう。扉の向こうから、元気すぎる声がした。
「姉ちゃーん! ひさしぶり!」
ワイ、岩の上に立ち、臨戦態勢をとったまま観察を続行。
ヒト属♂、年若めの声質。推定二十代前半。
「もう、声でかいってば!」
あるじ♀が笑ってる。
この反応……どうやら敵ではないらしい。
シェルターに戻り、様子を見ることにした。
数秒後。
部屋に侵入してきたのは、Tシャツ短パンの若者。
手にはコンビニ袋、見るからに重そうなほど詰め込まれとる。
しかも行動するたびに、大きな音が響く。
「うわ、マジだ。トカゲじゃん!」
開口一番それか。
ワイ、シェルターの中でため息。
(ヤモリやっちゅーねん。勉強して出直してこい)
「コジローっていうんだよ」
あるじ♀が笑って説明する。
弟くんはケージをのぞき込み、目をまんまるにする。
「動いた! すげぇ! なつくの?」
「まぁまぁね」
「へぇ~……ちょっとカッコいいな」
……評価が改善された。よし。許す。
「コジロー。このうるさいのは弟だよー。
騒がしくてごめんねー」
しばらくして、二人はソファに座って話し出した。
テーマは近況報告。
「姉ちゃん、仕事どう?」
「うーん、まあまあ。翔太は?」
「バイト。あと、バンド。まだ売れてないけど」
「バンド!? また始めたの?」
「うん。ギター。今度ライブ来てよ」
笑い声が部屋に広がる。
ワイはガラス越しに観察。
(血縁個体間の会話エネルギー高め。音圧強め。推定75デシベル。)
弟がソファの上で暴れて、コーヒーをこぼした。
テーブルを拭こうとして、ケージにぶつかる。
「ガタッ!」
ワイ、全身フリーズ。
「地震発生……いや、原因:弟の体当たり」
「ごめんコジロー!」
あるじ♀が慌てて拭く。
ワイ、尾を一振り。
(問題なし。ただし注意せい)
それから夕方まで、二人の会話が続いた。
くだらん話、昔の思い出、笑い声。
ワイは静かに見守る。
やがて玄関のほうから声。
「じゃ、また来るわ!」
「うん、気をつけてね」
ドアが閉まる。
部屋に静けさが戻る。
あるじ♀、ソファに座って一息つく。
「……うるさいけど、やっぱり家族っていいなぁ」
ワイ、岩の上でしっぽを揺らす。
(血のつながりか、なるほど。うるさいが悪くない)
ヒト属は単独でも生きるけど、群れを作ると温度が上がるらしい。
今日の室温、三十一度。
でも、なんやもっとあったかかった気がする。
本日の観察記録――
・来客:弟(ヒト属♂・音量大・個体名:翔太)
・活動:会話・食事・笑い。
・被害:軽微(振動あり)
・あるじ♀:上機嫌。
特記事項:「血縁とは、少々うるさいが心地よい存在らしい。」
明日は、静かな日常が戻りますように。
……でも、またきてもええんやで。翔太、シーユーアゲイン。
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