第38話
私の足元から、レッドタイガーに向かって。
レッドタイガーは少年に向けていた視線を外すと、ものすごい勢いで私の方へと向かってくる。
「ダメだ、フワリっ!逃げろ!逃げてくれっ!」
立っていた場所から、数メートル離れる。
レッドタイガーは、入れ替わるようにして私の立っていた場所に着地した。
どうか、お願いっ。私の想像通りであって。
レッドタイガーの鬣が突然熱を持ち、炎を上げる。
「熱っ」
逃げなきゃ。
囮に気を取られている間に……!
静かに後ずさった。レッドタイガーは囮に鼻を近づけて、警戒しつつも興味がある様子を見せている。
ある程度離れたところで、少年のところに走っていく。
「逃げて。なんでこんなところへ来たのっ」
少年の腕を引っ張り、立つのを手伝う。
「た、助けてもらったんだ、人間の君に……それなのに、大人は……救難狼煙を上げたのが人間だから見捨てたって聞いて、恥ずかしくて」
少年はまだがくがくと震える足で立つと、ポケットから瓶を取り出した。
「僕は戦う力はないけど、でも、もしまだ生きていれば、これを渡そうと」
少年の手にはポーションの瓶があった。
「あの人間は君の知り合い?なら、青い石のお礼になる?」
差し出されたポーションを受け取る。
「ありがとう。早くあなたは逃げて。そして、大人たちに伝えて。彼は森がレッドタイガーに焼かれないようにとここへとおびき寄せた。このままでは再びレッドタイガーは森に向かい危険だと」
分かったと、少年はすぐに森の中へと入っていった。もう、震えは止まっていて走れるようだ。
レッドタイガーが森に出たという証拠ならなぎ倒された木々を見れば一目瞭然だろう。
”自分たちの森”だと言うなら”持ち主”がレッドタイガーを何とかするべきだ。エルフが、この森に人間はいらないと言ったんだから。出ていくだけだ。
ぎゅっとポーションの瓶を両手で握り締めると、言葉が漏れた。
「ありが……とう」
自分に流れるエルフの血までを嫌わなくて済みそうだわ……あなたのおかげで。
振り返るとレッドタイガーはごろりと横たわっている。激しく炎を噴き上げる背中が河原の石を焼いていく。
急がなくちゃ。囮もいつまで持つか分からない。
ヴァンさんが、ボロボロの体で、私の方へと駆け寄ってきていた。
いいや、駆けてるなんてとても表現できるようなスピードではない。片足はすでに動いていなくて、ルツェルンハンマーを松葉杖のように使いながら片足で懸命に私のもとへと来ようとしてくれている。
あちこち煤にまみれて、髪の一部はちりぢりだ。何度か炎を浴びたのだろう。
「ヴァンさんっ!」
私だって、もうとっくに体力の限界を超えてボロボロだ。だけどヴァンさんとちがって怪我をしているわけじゃない。物理的に動けないわけじゃない。
気持ちが私の体を動かしてくれる。
どこにそんな体力が残っていたのか分からないほどに、ヴァルさんに向かってかけだして飛びついた。
「フワリ、逃げるぞ」
抱きしめ返してくれるかと思ったら、ヴァルさんは私の腕を取って引っ張った。
そうだ、まだ危険を回避できたわけじゃない。
「ヴァルさん、これ!」
少年からもらったポーションをヴァルさんに手渡す。
「ポーション、上級じゃないか、助かる!」
上級?少年はかなり良いポーションを持ってきてくれたんだ。
ありがと……。少年がヴァルさんを見捨てたわけじゃないのに。私は少年にひどい言葉を投げつけてしまった。
ポーションを飲むとあっという間にヴァルさんの怪我が治った。
すごい、上級ポーションってすごい。
体力も回復したようで、あっという間に私を抱き上げると、走り出した。
ものすごいスピードで。川上に向かって河原を走り、飛び石がある場所で川を渡った。
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囮作戦成功!詳細は次の話に!
そして、エルフを最後の最後で嫌いになりきれなかった少年のおかげで。子供の世代に期待したい。
次で第二章終わります。
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