第37話

 どこにいるの?と思ったら、ドスンと、前方にレッドタイガーが現れた。その距離100mほど。

「違う、こっちだ、こっちに……来い……」

 この声は。

 レッドタイガーよりもさらに離れた場所に、人影がある。片膝をついて体重をルツェルンハンマーに預けるようにして立つヴァルさんだ。

 もはやまともに立っていられないほどボロボロの姿に……それでもまだ、生きていることに……。涙が落ちた。

「もう、いいよ、もう、いいよっ!ヴァルさんっ!もういいっ!」

 声の限り叫ぶと、ヴァルさんが私に気が付いたように顔を上げた。

「フワリっ!どうして来たんだ!逃げろっ!」

 ボロボロなのに、立ち上がり、石をゴルフボールのようにルツェルンハンマーのハンマー部分で飛ばしてレッドタイガーを威嚇する。

「こっちだ!」

 レッドタイガーは攻撃を受け、こちらに体を向けていたというのに、ヴァルさんを再び見た。

「違う、やめて、こっち、こっちだってばぁ~!」

 叫んでもレッドタイガーの気を引くことができない。

 いいや、たとえ気を引くことができても、またヴァルさんが自分に意識がむくようにするだろう。

 ヴァルさんは私を助けようとしているのだから。

 でも、私はヴァルさんを助けたい。

 こんなことを繰り返していても、無駄にヴァルさんの体力を奪うだけだ。

 どうすればいい。考えろ、考えるんだ。

 二人とも助かる方法、二人とも……。

 レッドタイガーは水が苦手、水をぶっかければ逃げていかないかな?

 水魔法も使えないのにどうやって?

 風魔法で水をまき上げてぶっかけられたら……。

「精霊さん……」

 また、凪いでいる。精霊さんはイチかバチかの方法に協力なんてしてくれないんだ。

 それとも、その方法ではレッドタイガーの怒りを買うだけで危険が増すのだと判断したのかもしれない。

 他には?他に方法はないの?

 川を渡れば追いかけてこない?

 でも、私もそうだけど今のヴァルさんの体力で川を渡れる?

 川幅は50mプールよりも広く見える。だからこそ渡ればレッドタイガーは追いかけてこなさそうだけど……。

 流される危険を取るかレッドタイガーの危険を取るかどっちもどっちと言った感じだ。

「うあぁーっ!」

 叫び声に視線を向けると、森への入り口当たりに、腰を抜かしてしりもちをついた少年がいた。

「あの子は穴に落ちていた……」

 無事に穴から助け出されたのか。それなのに、またこんな危険な場所に来ちゃうなんて運がない……。

 腰が抜けて立ち上がれずにいるようだ。後ろに手でずるずると後ずさっているけれど逃げられないでいる。

「だ、だめだ、来るな、来るなっ」

 パニックになっていて叫んでいる。

 その声にレッドタイガーが反応して顔を向けた。

 私からもヴァルさんからも視線が外れた。

「そうか……囮……」

 囮となるものがあれば……。

 レッドタイガー……。レッド、タイガー。フェンリルが狼のようなと言うならば、レッドタイガーは、赤い虎だ。少しは虎としての習性が残っているのでは?

 虎はネコ科にしては珍しく水浴びが好きで泳ぎが上手らしい……。

 それから獲物を捕ると安全な場所に獲物を持って移動する。他の虎に食べられないように。

「精霊さんっ!今度こそ、力を貸して!貸してくれないなら、このままレッドタイガーに突っ込むからっ!」

 精霊の風が吹いた。

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