第18話 *

「ふ、ふふ馬鹿馬鹿しい……」

 笑いが漏れる。

「何を笑ってんのよ!頭おかしくなったんじゃない?」

 何百年も生きてて、自分の子にあんな仕打ちをするエルフがこの先改心するわけない。何を期待していたんだろう。

「私は、遠くへ行くわ。遠くへ行って、二度と村には近づかない」

 ぐっと襟首をつかまれた。

「だから許してくれって?冗談じゃないわ。村の場所を教えて人間に襲わせて燃やされたらたまったもんじゃない」

「そんなことしないっ!」

「じゃあ、ドワーフに教えて攻め込んでくるのかしら?」

「ドワーフに知り合いはいないわ!」

 もし知り合いがいれば鍋を作ってもらってた。

「どちらも、言うだけなら何とでも言えるわよね。事実は紫の花を村に持ち込んだということ。言い逃れなんてできないのよ」

「そうだ!毒殺しようとした何よりの証拠だ!」

「違う、あの花は、毒じゃないっ!」

 異母妹が目を細めて私を見た。

「かわいそう。何も知らないんだ」

 え?

 それから異母妹は私の耳元で小さな声で囁いた。

「あれが毒かどうかなんてどうだっていいのよ。あの花が紫色だったということが大事なの」

 それって、毒があるか調べることはしないってこと?

「まさか、毒ではないと知って……」

 子供には分かりやすく紫の花には毒があるから近づくなと教えていても、1000年も生きるエルフだ。大人が誰もトリカブトの特徴を知らないなんてことがあるだろうか?見れば、カタクリを知らなくても、毒のある花とは違うとすぐに分かるはずだ。

「え、冤罪……」

 ひどい。

「邪魔なのよ。あんたみたいなのがいたら、他の村の人たちがどう思うか考えたことがある?」

 他の村?

 エルフは数十年に一度集団お見合いのように村を若者が行き来して伴侶を見つけるという。

「耳が短い醜いエルフが生まれる村だと知れ渡ったて、呪われた村だとか不浄な村だとか言われたらどうするの?」

 そういうこと。

 精霊へ、同族の命を奪う言い訳に「紫の花」はちょうどよかったってことなんだ。

 人間やドワーフと私が接触することじゃない。本当に村の人が恐れているのは……。エルフ。

 村の中で、あのエルフはダメだとあいつよりはましだと自尊心を満たすだけではない。あの村はダメだあの村はどのように扱ってもいいと村単位でのカーストもあるんだろう。

 ほんっと、エルフって、ろくでもない。

 いいのは顏だけ。すごく性格悪くて、その上頭も悪い。長生きする癖に文明が発達していないのは閉鎖的で排他的で保守的で傲慢で……。

「分かった。他の村のエルフに、村長の娘が耳が短くて魔法も使えない無能だって知られたくないのね?それが自分と半分血がつながっている異母姉だというのを、絶対に知られたくないのね?」

 異母妹に問うと、異母妹は顏を真っ赤にして怒鳴った。

「私に異母姉なんていないのよっ!あんたはここで死ぬし、母親がドワーフと浮気してできた子ってことになるんだから!」

 異母妹の目にあるのは、怒りの色と、それから不安の色だ。

「かわいそう……」

 思わず出た言葉に、異母妹が私を蹴り飛ばした。

「かわいそうなのは、あんたよ!」

 閉じられた世界でカーストがあるのは本当につらい。次のいじめのターゲットは自分かもしれないと逃げ場のない教室でおびえて過ごす。不登校や転校という逃げ道が村にはない。村を出て生きていくことを知らないからだ。

 追い詰められて、異母姉殺しの罪を背負って一生生きていくなんて………。

 唇を切ったようで、口に血の味が広がった。

「外の世界を知らず、因習にとらわれた村で一生を終えるなんて私にはまっぴら。本当に、かわいそう」

 金属製品を拒否しているから、煮物だって食べたことがないまま一生を終える。

 スープもシチューも。

 土の下の作物の味を知らないまま一生を終える。ジャガイモで作ったポテトチップスも。サツマイモで作ったスイートポテトも。里芋で作ったコロッケも。

 玉ねぎで作ったオニオンスープも。人参で作ったグラッセも。

 そう、それにニンニクだって生姜だって地面の下にできる。

 塩味しかない生活を1000年も続けるなんて冗談じゃない。





 


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