第2章 地鳴り
……暗い。
空気が重い。どこか湿っていて、鉄のような匂いがする。
悠真は、静かに目を開けた――つもりだった。
だがそこには何も見えなかった。光も、色もない。まるで自分の目が閉じたままなのかと疑うほどだ。
呼吸を試みると、肺に土埃が入り込んだ。喉の奥が焼けるように痛む。
「っ……く、そ……」
唇が震えた。声にならない呻きが漏れる。
耳の奥で、血が脈打つ音。
その合間に、遠くで誰かが名前を呼んだ気がした。――母さん? 弟?
……わからない。
記憶が、断片になって浮かんでは沈む。昼下がりの食卓。笑い声。熱い味噌汁。
ゲーム機。焼き鮭。メモに書かれた母の文字。
そして――崩れ落ちる天井。
終わったはずだった。
確かに死んだ、と思った。
あれだけの衝撃を受けて、生きているはずがない。
息ができるのは、奇跡ではなく、何かが狂っている証拠だ。
「……生きてるのか、俺」
ひび割れたような声が、自分の口から漏れた。
そのときだった。
――ザァァァァァァ……ッ。
耳元で、雷のような、波のような、不気味な音がした。世界が、何かに“巻き取られる”ような、異常な感覚。
地鳴り。
けれど、それは現実のものではなかった。身体の奥深く、細胞の一つひとつが軋むような感覚。
言葉にならない不協和音が、悠真を内側から破壊しようとしてくる。
(これは……地震じゃない)
直感が叫んでいた。何かが、違う。
これは「揺れ」ではなく、「引きずられている」―― 時間の底に。
視界がぶれる。耳鳴りが爆音に変わる。
そして――見えた。
白い雷のようなものが、闇の中で閃いた。
その光の中に、人影がいた。
はっきりとは見えない。顔も、輪郭も定かではない。
ただ、誰かがこちらを見ていた。
「……斉藤悠真」
声が、名前を呼んだ。
今度ははっきりと、そう聞こえた。
「あなたの時間は、まだ終わっていません。果たすべき約束があるでしょう?」
誰の声だ? なぜ俺の名前を……
問いかけようとしたが、声はもう聞こえなかった。
闇がひび割れ、世界が砕けていく。
雷鳴のような轟音とともに、悠真の身体は、下ではなく、上へと吸い込まれていった。
浮き上がるような感覚。重力が反転し、すべての物理法則が崩れていく。
まるで、世界が「リセット」されるような―― そんな不気味な“再起動音”とともに。
次の瞬間。
空気の匂いが変わった。
土の匂い。炭のような煙の匂い。そして、木の匂い。遠くで鳥の声が聞こえる。水が流れる音もする。
まぶたの裏に、微かな光が差した。
悠真は、ゆっくりと、まぶたを開いた。
そして――目に映ったのは、見知らぬ天井だった。
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