第13話 次の舞台

「まずい、寝過ごした!」

 俺は飛び起きて、急いで服を着替える。


 今日は、いよいよ王都へ旅立つ日だ。

 

 王都から学生用に手配された馬車が、新しい学生を迎えに来ることになっている。

 集合場所は正門で、集合時間は昼の鐘が鳴る頃――

 ――そろそろ、昼の鐘が鳴る時間を迎える。


「で……荷物はどこに置いたんだっけ」


 部屋は昨夜の準備の名残りで、あらゆるモノが散乱していた。


「あった!」


 荷物はベッドの下に潜り込んでいた。

 服、剣、調味料、学園で使う筆記用具、などなど。

 よし、全部あるな。


 学園では寮生活になるから、しばらく、この家には帰ってこない。

 見慣れたこの家とも、今日でしばらくお別れだ。


「……じゃあ、行きますか」


 師匠から貰った剣を腰に差し、ぱんぱんに膨れたバッグを背負う。

 荷物をもっと減らすべきだったか?

 そんなことを考えていたら、昼の鐘がなり始めた。

 ゴーン……ゴーン……。


「急がなくちゃ」


 駆け足で正門へと向かう。

 ――正門に着くと、既に皆んなが待っていた。


「ピート!遅いぞ!」


「ごめん、寝坊しちゃって……」


「ほら、乗れよ。もう出発するぞ」

 レイブンに急かされるようにして馬車に乗り込む。

 後から、クリムウッドさんも乗ってきた。


「この馬車の護衛を担当する【C級】冒険者のクリムウッドだ!」


 王都への道は、騎士団が巡回警備をしているおかげで基本的に安全。

 ただし、必ず冒険者が一人同行しないといけないらしい。


「では、出発しますよ」

 御者さんが、馬車の扉をゆっくり閉める。

 

 馬車のガラス窓からは、カイさん、リネットさん、アンジェロおばさんが手を振っているのが見えた。

 

 他の子たちのような大勢の見送りではないけれど、この世界でお世話になった人達からの見送りに、目頭が熱くなった。


「ほら、皆んな手を振ってるぞ!レイブン!」

 

 狭いガラス窓から手を振りかえす二人。

 そんな二人を馬車は王都へと運んでいく……。


「楽しみだなぁ王都」

 

 俺はガラス窓に釘付けだった。

 クリムウッドさんは、仕事だからか真剣な眼差しで外を観察している。


 小さいガラス窓の外には、大草原がどこまでも広がっていた。

 元の世界では、これだけの自然を近場で見ることはできなかった……。

 この世界に来たばかりの俺だったら、今すぐ馬車を降りて外を走るぞ!なんて考えてたかな。


 レイブンに声をかけようと横を見ると、同じく窓に釘付けだった。


 邪魔するのも悪そうだ。


 馬車の内装は、座席がクッションになっていて座り心地が良かった。

 道路も整備されていて、馬車の揺れが小さい。

 想像よりも快適な馬車旅だった。

 そういう環境だったからか、馬車が走り出してから、しばらく経つとクリムウッドさんは眠ってしまった。

 

 何かが起きたら起こそうと思うけど……。

 この人一応、俺たちの護衛なんだよね?


 何だか、俺も眠くなってきた。

 おやすみ。

 

 暫くして目を覚ました。

 レイブンとクリムウッドさんの二人は眠っていた。


 俺は御者さんに聞いた。

「後、どれぐらいで着きますか?」


「そうだな……夕暮れまでには着くはずだ」


 それなら、着いてからでも王都を探索できそうだ。

 どんな場所なんだろうなぁ……。

 本物の城ってどれぐらい大きいんだろうか?


 そんなことを考えながら、ぼーっと窓を見ていると、外を飛んでいる物体に気づいた。


「何か飛んでるなー」


 窓の外では“蝶”らしき生物が何匹か飛んでいた。

 馬車を追い越したり、追い越されているその“蝶”をぼーっと眺める。

 

 あの虫早いなぁ。


 すると、突然その“蝶”は馬車に突撃してきた。

 衝突で馬車が軽く揺れる。

 

 明らかな意思を持って近づいてきたそれに、俺は焦り始めた。

 これ、もしかしてまずいやつかも!?


「クリムウッドさん!起きて!何か来る!」


「……んぁ?なんだ、うるさいな……」


 寝ぼけた頭で返事をするクリムウッドさん。

 その直後だった。


 ドン!


 また蝶がぶつかってきて馬車が揺れる。


 クリムウッドさんが使い物にならない。

 このままだと……まずい。


 呼吸が速くなる。

 やるしかないのか……。


 俺は覚悟を決めて、何回もぶつかってくる“蝶”に向かって手のひらを向ける。


「これでも喰らえ!」


 ようやく事態を把握したクリムウッドさんが俺を止めようとする。


「おい待て待て!バカやろう!ここで魔法を撃つなー!」


 だけど一歩遅かった。

 俺の手のひらから放たれた火球は、馬車を貫き、飛んでいく。

 煙が晴れると“蝶”は周りを飛んでいなかった。


「倒した……か?」


 俺の放った魔法は、馬車の片面を消し飛ばした。

 

「バカやろう!!!ここで撃つ奴がいるか!!」

 クリムウッドさんの怒声で冷静になる。

 やっちまった……。


 魔法の衝撃で馬車が揺れ、馬が暴れる。

 前方では、御者さんがどうにか馬を落ち着かせようと頑張っていた。


 そして、その衝撃でレイブンが目を覚ました。


「おい、ピートどうした……な、なんだこれーー!!!」

 

 しばらく進んでから、馬車は道脇に停車した。

 そして、御者さんがこっちに歩いてきた。


「単刀直入に……何があったんでしょうか?」


「“蝶”?魔物?が空を飛んでいて、それが突っ込んで来たんで、どうにかしようと……」


「どうにかしようと?」


「……魔法を放ちました」

 御者さんの睨みに体が強張る。


「まぁ……入学前だったと言うことで許しましょう」

 御者さんは、馬車の前方に戻って行った。

 許してくれるのか。


 馬車を走り出させたところで、御者さんが口を開いた。

「恐らく貴方は精霊を見たのでしょう」


「精霊?」


「この道は魔物は出ないのですが、時折り、精霊がイタズラするらしいんですよ」


「精霊は“自然の意志”と呼ばれていて。普通、人の目には見えないんですけどね……貴方はツイてますよ」


 あの“蝶”みたいな奴が精霊!?

 魔物じゃなくて良かったと言うべきか?


「うおおお!さっきより景色が見やすくなったな!」

「確かによく見えるな」

 

 そう言ってサムズアップするレイブンに、クリムウッドさんが拳骨を下し、俺にも拳骨を下した。


「バカやろう!俺は騎士団にどう説明すればいいんだ!!この馬車は王国のものだぞ」

 クリムウッドさんは項垂れていた。


 ――王都が近づいてきたのか、道の合流で同じ色の馬車が合流してきた。


「もしかしてこれ全部、学園生なのか!?」


 気づけば、周りを数えられないほどの馬車が走っていた。

 そ殆どの馬車の小窓から俺たちと同じ新入生達が、俺達の馬車を見ていた。

 多分というか、ほぼ確実に馬車の反面が消し飛んだ馬車に乗っていたからだろう。


 全く、この馬車は見せ物じゃないんだぞ!

 こら、レイブン!手を振らない!


 そんな感じで、俺の人生初めての馬車旅は終わりを迎えた。


「あれが王都か!」

 片面が吹き飛んだことで、俺たちは馬車から身を乗り出して王都を確認できた。


 周りの馬車ではガラス張りの小窓に張り付いて、なんとか王都を見ようとしてる奴らが多かった。


 悪りぃな、俺達だけこんなに堪能できて……。


 王都の門は街と同じ形だったけど、大きさが全く違った。

 二倍近くはありそうだ。


 どうやらこの馬車は学生送迎の馬車だからか、門番に軽く確認されるだけで通されるらしい。

 前の馬車から次々と通されていく。


 でも俺らの番で、馬車が止められた。

 まぁ当たり前だ。

 

 事情の説明を求められたクリムウッドさんが、門番に連れて行かれた。


 ごめん、クリムウッドさん。

 俺は心の中でクリムウッドさんに謝った。


 しばらくして事情聴取が終わったクリムウッドさんが帰ってきた。

 自分にも思うところがあったのか、不自然に顔が優しい。

 ま、クリムウッドさんは護衛しないで寝てたからね。


 門番の「進んでよし」の声で、馬車が進み出した。

 いよいよ、王都に入れそうだ。


「あれが城かな?」


門を潜ると、物語の中でしか見たことのなかった本物の巨大な城が顔を覗かせた。

 

 ――《ルミエール王国》

 メアン大陸の中央に位置し、大陸の各国を繋ぐ役割として栄えてきた、歴史ある王国であり、メアン大陸の顔である。

 王都には数十を超える貴族の館が並び、中心に位置する巨大な城が王国の威厳を示す。

 交易が栄えており、大陸各地から人々や品物が行き交う。

 また、大陸中の本が集められた大陸最大の図書館である『王立図書館』が世界を語る。


 

 

 

 

 

 


 

 



 


 

 

 


 

 

 

 

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