第8話 緊急依頼 後半

 変異種の雄叫びが戦場に轟く。

 同胞を殺されたことに対する怒りからか、その雄叫びからは殺意を感じる。


 ゆっくりと大剣を構えなおし、変異種と向き合う。


 さっきまでは、突然の出来事で混乱していただけだ。

 俺は自分に言い聞かす。

 状況を把握した今はもう同じような事にはならない。


「ここで奴の足を止める。幸い、この森は王都に近い。騎士団到着までの時間を稼げそうだ」


 討伐【B級】指定――オーク変異種

 本来、【B級】の冒険者が複数人で挑むべき相手であり、この国で出るはずのない魔物。

 だが、今この場にいる冒険者は【C級】が数名に、あとは良くて【D級】……。

 正面から挑むのは難しそうだ。


「カイさん、あいつどうします?」

 大盾の冒険者が盾を構えて、俺の前に立つ。

 

「川に誘い込み、雷の魔法で嵌める」

 額の出血を服の布を千切って結び、止血する。


「大盾の冒険者、名前は?」


「クリムウッド」


「クリムウッド、みんなに伝えろ。俺が変異種を川に誘い出す……魔法を使う冒険者を何人か川で待機させるんだ!」


「任せろ!」

 クリムウッドは残っている冒険者達に素早く指示を飛ばしていく。


 俺は冒険者達が川へ向かうのを確認すると、変異種に突撃する。

 

「来いよ!赤豚!」

 

 さっき吹っ飛ばした相手が懲りずに向かってきたからか、変異種が怒りに任せて突っ込んできた。


 俺のもうひとつの武器は――毎日の狩りで培ったこの森の知識だ。

 それこそが、俺とお前との違いだ。


「【グリーンウィップ】!」

 蔓を生やす魔法を発動し、蔓を使って木の枝に飛び移る。

 寸前で変異種の突進を回避することに成功した。


「こっちだぞ!」

 挑発をするとともに、次に飛び移る木を瞬時に判断する。

 木から木へ、蔓を使って移る様は、まるでこの森で生まれた動物かのように移動する。

 怒った変異種は、木を薙ぎ倒しながら容赦なくこちらへ向かってくる。


「そろそろだな」


 視線の先にある川に、先回りした冒険者達が待機しているのが見えた。


 川の手前、最後の木に移ろうとした瞬間、背後から――丸太が飛んでくる。


「くそっ!」

 

 飛んできた大木に足を持っていかれて、俺は枝から足を踏み外し、空中に放り出される。

 いや、まだだ。

 

「巻きつけ!【グリーンウィップ】!」


 変異種の首に蔓を巻きつける。

 俺は飛ばされた勢いを利用して、森から変異種を引っ張り出す。

 

「お前自身の力で引っ張り出されろ」

 

 不意を突かれた変異種は川に引き摺り出され、俺は川の対岸に吹き飛ばされた。


「今だ!」

 待機していた冒険者に魔法の指示を出す。


「「雷鳴よ来たれ!【サンダーボルト】!」」

 川から立ちあがろうとした変異種に雷が直撃し、変異種の体が硬直する。

 俺はその隙を見逃さず、直ぐに大剣を構えた。


「剣技【ラミナ・ルキス】」


 大剣に光が集まりだし、やがて光の刃となる。

 振りかざした瞬間、その光の刃は変異種に向かって飛んでいき、直撃した。


 ズバァァァン!

 変異種の片腕が吹き飛び、胴体に裂傷が走る。


「ブオオオオオオオ!!!」

 変異種は大きく咆哮し、こちらへ向かってくる。


 まだやれるのか……こいつ。

 

 もう一度剣を構え直して、指示を出す。

「まだ魔法を放てるか!?もう一度やるぞ!」


 しかし――その瞬間。


 空が突然暗くなり、轟音とともに何かが飛来し、変異種を軽々と踏み潰す。


 水しぶきと、吹き荒れる突風で巻き上がった土煙――その衝撃に何人かの冒険者が吹き飛ばされる。


 ……次から次へ、この森に何が起きているんだ。

 

 しばらくして土煙が晴れると、目の前に現れた正体が明らかになった。


 黒く輝く鱗に覆われた巨大な体。

 鋭利な爪と牙がその危険さを物語る。

 大きく広げた翼は、森の木々すら隠してしまう。


 ――ドラゴンだった。


「ハハ、神はこの街が嫌いなのか?」

 乾いた笑いが出てしまった。


――――――(ピート視点)


 正門に到着した。

 正門は傷ついた冒険者達で溢れ、混沌としていた。

 俺はその隙間を縫うように進み、ひとり森へと入っていく。

 あの影が何だったのか、確認したい……それ以外何も考えていなかった。


 ――森の中を静かに進む。

 木々が破壊され、散乱する魔物の死体が激闘を物語っていた。

 更に奥へ進むと、冒険者の死体も目に入るようになった。

 夢見ていた冒険の理想と現実の差に腰が抜ける。

 気づけば、浮ついた心は無くなっていた。

 

 俺なんかが来ていい場所ではなかった……。

 

 来た道を引き返そうとしたその時、一匹の豚頭の魔物と遭遇した。

 オーク……。

 思わず息を飲む。

 

 勝てるのか……?

 相手の強さは分からない。

 

 腰につけていた木剣を構え、間合いを図る。

 落ち着け……俺。

 特訓通りにやるんだ。

 痺れを切らしたオークが、咆哮とともに突進してくる。

 

 その突進を素早く左へ身を滑らせて躱し、横腹めがけて木剣を思い切り叩き込む。

 ゴッ!

 鈍い音とともにオークが体制を崩して倒れる。

 

 だけど、その一撃で木剣にヒビが入ってしまった。

 

「次の一撃で折れそうだな……」

 苦虫を噛み潰した表情で考える。

 

 木剣で殴っても決定打にはならないか。

 ならば……。


 オークが立ち上がる前に、その目に木剣を突き刺す。

 血が吹き出し、叫び声を上げるオーク。

 

「よし!」

 目は流石に柔らかみたいだ。

 

 しまった!

 オークは俺の足を掴んで放り投げた。

 地面を何度も転がり、その衝撃で木剣が折れる。


 痛ぇ……

 手には柄だけが残っていた。


 それなら……

 オークの目は傷ついてるから視界も狭くなっているはずだ。


 俺は魔法を想像する。

 くらえ!俺の修行の成果!


「いでよ!ライオン!」


 手のひらから放たれた炎のライオンはオークを燃やす。


 ――だけど、それでは殺しきれなかった。

 

 それが、俺の隙を生んだ。

 隙をついたオークに蹴り飛ばされて、右足を痛めてしまう。


「クソ、足が……」


 オークは左手を振り上げ、地面に倒れた俺を爪で刺そうとしたが、間一髪で横に転がって追撃を躱した。

 俺は近くにあった尖った石を拾うと、オークの足を石で削る。


「ブボオオオオ!!!」

 オークは足から血を垂れ流しながら、片膝をついた。

 

 その隙に近くの冒険者の死体から剣を取った。


「これが……本物の剣か」

 木剣より重い。

 でも、やれそうだ……。

 

 剣を握って、オークに立ち向かう。

「うおおおおおお!」

 

 オークはそれを見て右手を振り下ろす。

 俺はその攻撃を躱すために地面を滑る。

 その低姿勢のまま、オークの足を切り落とした。


 ザシュッ!!!


 思わぬ攻撃によってオークが体勢を崩す。

 俺は這いつくばったオークの首に剣を突き刺した。

 

「ハァ……ハァ……思っている以上に剣が使えた……」

 俺の手は震えていた。

 

 動かなくなったオークを見てひと息つく。


 ここに来たのは間違いだった。

 帰ろう。


 剣をしまい、森から出ようとしたその時――。


 轟音とともに目の前を炎が横切り、それは木々を焼き尽くした。


 出どころを確認すると、焼け跡の先に冒険者達が巨大な魔物と戦闘を繰り広げているのが見えた。


 遠くの魔物は俺の存在に気づくと、翼を広げ飛んでくる。


 まずい、逃げなくちゃ。

 

 今――俺の目の前にはドラゴンがいた。

 その圧倒的な威圧感に気圧され、足が動かなくなる。

 カッコいい!興奮する!などの感情は少しも湧き出なかった。


 ドラゴンはゆっくりと口を開くと、その口に炎を溜め始めた。

 

 ブレスが……来る。

 初めて対峙したはずのドラゴンの行動が俺には分かった。

 

 不思議と脳は冷静だけど、体が言うことを聞かない……。

 動け、動けよ……俺の足!


 ドラゴンの口が大きく開く。


「ピート君!」


 ドラゴンがブレスを吐く寸前で、俺は冒険者に救われた。

 ブレスは俺の横を通り過ぎていく。

 

「なんでこんなところにいる!」

 金髪の冒険者が俺の名前を呼ぶ。

 

 ――カイさんだ。

 遅れて、数人の冒険者がこちらへ走ってくる。


「説教は後だ!」

 カイさんは俺を背中に隠す。


 ドラゴンは再び、ブレスを吐こうと口に炎を溜め始めていた。

 それを見たカイさんは俺を抱え、盾を構えた冒険者の後ろに隠れた。


「【金剛体】!」

 

 盾の冒険者が唱えると、盾が青く光る。

 直後、炎のブレスが吐かれた。

 轟音と共に炎のブレスが迫ってくるが、ブレスは盾に弾かれた。


「あと何回使えそうだ?クリムウッド」


「一回だ……」


 冒険者達から諦めの色が見えはじめる。


 俺はこの場において完全にお荷物だった……。

 今更、自分の選択を後悔することが遅いことぐらい、理解している。

 だけど今は、突破口を考えることにした。

 

 ドラゴンの弱点、ドラゴンの弱点、ドラゴンの弱点……何か無いのか!!

 必死に考える。

 違う、俺はドラゴンの弱点を知っている。


「ブレスを吐く時のアホ面が弱点……」

 気づけば、口に出していた。


「なんだ?小僧」

 クリムウッドさんに苛立ちをぶつけられる。


「来るぞ!」

 カイさんが俺達に覚悟を促す。

 

 木々に囲まれて自由に動けないドラゴンは再び、口に炎を溜め始めた。

 

 もう一度、魔法の素を溜める。

 想像力を働かせろ、俺!


 今にもブレスを吐こうとするドラゴンに俺は手のひらを向けた。


「喰らいやがれー!!!」


 言葉と共に放たれたのは炎の槍。

 その炎の槍は、ブレスをぶつけようとするドラゴンの眼に直撃した。

 傷を付けることはできなかったが、その一撃でドラゴンの動きが止まった。

 ブレスが解除される。


「マジかよ……ブレスを止めやがった」

 クリムウッドさんが驚く。


「ピート君、今のはどうやったんだ……」

 カイさんが俺の肩を揺らす。


「じいちゃんが言ってました。『ブレスを吐く時にドラゴンは無防備になる。』って」


「ブレスを吐く時、か」

 カイは情報の出所を詮索をせずに、冷静に情報を整理した。

 

 ブレスを吐く時に無防備になる。

 こいつは木が邪魔で接近戦を仕掛けてこない。

 木が多いところで立ち回り、ブレスの誘発が出来るとしたら……。


「今から木が多い所を逃げ回り、ブレスを誘発させる。そして、その瞬間を叩く!」

 カイさんは全員に指示を飛ばした。


 指示に沿い、冒険者達は木のある方へ木のある方へと動き出す。

 ドラゴンはそれを見て、また炎を溜め始める。


「今だ!」

 

 一斉に魔法を唱え、ドラゴンにぶつける。

 だけど、致命傷にはならなかった。


「まずい!」

 

 ドラゴンは先程とは比べものにならないほどの炎を口に溜め始めた。


「クリムウッド!」


「任された!【金剛体】!」

 

 カイさんの呼びかけとともに技名を叫ぶ。

 青い光が巨大な盾を覆い、背後にいる冒険者の身を守った。


 ゴゴゴオオオオオオオオオオオオオ

 

 ドラゴンから放たれたブレスが全てを焼き尽くす。

 地面は抉れ、木々は炎に呑まれる。

 瞬く間に辺り一面は焼け野原と化した。

 

 クリムウッドさんの技がブレスを跳ね除けたことで、俺達は無事だった。

 

 だけど……打開出来る術はもう残されていなかった。


「ここまでか……」

 カイさんから諦めの言葉が聞こえてくる。

 

 木を焼き尽くし、森を野原に変えたドラゴンは、翼を広げ、接近戦に持ち込もうと距離を詰める。

 その翼で巻き起こった突風が、熱を肌に伝えた。


 迫ってくる巨体を見上げながら後悔した。

 もし、森に入っていなかったら……と。


 ズバァァァァン!


 突然、ドラゴンの尻尾が地面に斬り落とされた。

 予期せぬ出来事に、ドラゴンは戸惑いを見せる。

 そして次の瞬間、その巨体は木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。


「何が起こった!?」

 クリムウッドが大声をあげる。


「ギャオオオオオ!!!」

 咆哮が耳を貫く。

 

「……間に合ったか」


 声の先に視線を向けると、二本の剣を構えた師匠が立っていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 




 

 

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