第7話 緊急依頼 前編

 特訓の合間の休憩に、俺は久しぶりに市場に来ていた。

 別に行くあてがあるわけじゃ無い。

 ただの気分転換。


 なんか、皆んな忙しそうだな。


 市場は普段より一段と騒がしくて、冒険者達が慌ただしく通りを行き来していた。

 

 冒険者達の会話に聞き耳を立てると、どうやらギルドで何かが起きているらしい。


 せっかくだし行ってみるか。


 俺はギルドに向かって歩き始めた。


 ギルドには一度だけ訪れたことがあった。

 今でも覚えている。

 レイブンと一緒に、ダメ元で冒険者になれるか試しに行った時だ。


 二人で完璧な作戦を練ったんだけどなぁ。

 結局、無理だったけど。

 

 けどその時、親切な冒険者が色々教えてくれたのを覚えている。


 冒険者にはランクがあって【S級】、【A級】〜【E級】の順番になっている。

 カイさんの【B級】は相当上のランクだって、この時分かった。

 しかもカイさんは、街にいる冒険者の中で一番ランクが高いらしい。


 レイブンがよく父自慢しているのも納得だ。


 それにギルドのマークの由来も教えてくれた。

 自分の冒険を唄う吟遊詩人が集って出来たのがギルドだから、ラッパと三角帽子のマークになったらしい。


 職員の人は厳しかったけど、冒険者の人たちは優しかった。

 

 通りを進むとギルドが見えてきた。

 

 ギルドの建物は赤色と白色を基調としていて色鮮やかだから、遠目からでも目立つ。


 ギルドのある通りは、多くの冒険者たちが慌ただしく道を往来していて、只事ではない雰囲気が漂っていた。


 何があったんだろう?


「冒険者の方々へ、緊急の依頼です!!」

 ギルド前では、数人の職員が依頼内容の紙を周りに配っていた。

 

 緊急の依頼?

 俺は道に落ちていた依頼内容の紙を拾った。


 依頼内容 『カミーユの森に存在するオークの群れの討伐』


「オークの群れ?」


 オークって物語に出てくるあのオーク?

 へー、あの森にオークの群れがいたんだ。


 そんなことを考えながらギルドの方を見ていると、ギルド職員と会話をしているカイさんの姿を見つけた。


「カイさん!」

 手を振ると、それに気づいたカイさんがこちらに歩いてきた。


「ピート君!こんなところにどうしたんだ?」


「騒ぎが気になって来ました」


「そうか。でも、ゴモウさんのところに帰ったほうがいいよ」

 カイさんは真剣な表情で俺の目を見つめる。


「……分かりました」

 多分、本当にまずいやつだ。


「じゃあ、これから仕事だから。家で大人しくしているんだよ」

 そう言うと、カイさんはギルドに入って行った。


  ――――――(ギルド内視点)


 ギルドの中は、多くの冒険者でごった返していた。

 

「なぁオークが群れを作るって聞いたことがあるか?」

「いや、聞いたことがない」

「ここ最近、オークが多かったのってそういうことか?」


「冒険者の皆さん、聞いてください!」

 女性の職員が大声で、依頼内容で議論している冒険者達を鎮める。


「これから森で何が起きていたか。順を追って説明致します」

 女性の職員は掲示板に森の地図を貼った。


「今から数ヶ月前、【B級】冒険者のカイさんが狩りの最中に、森にいる動物の生息地域が変わっていることを発見致しました」

 

「そして、ここ数ヶ月のオークの大量発生を受け、オークの発生地域と動物の生息地域を照らし合わせながら調査を進めた結果、今朝の調査で『オークの群れ』の存在を確認致しました」


「このまま放置していると、餌のなくなったオーク達が街に降りて、被害が出る恐れがあります」


「冒険者の方々は、討伐の準備をお願いします。これは緊急の依頼です」


「本日の昼から出発いたします、街の正門が集合場所です」


 職員の言葉で、ギルドにいる冒険者達は慌ただしく準備を始め、ギルドの外へと散らばっていく。

「おい、薬草の準備はしたか?」

「俺は買い出しに行ってくるよ」

「規模によっては数日掛かるぞ!」


 ――――――(ピート視点)


 師匠の家に帰る途中、街の中心にある巨大な鐘が鳴った。

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……。

 

 こんな時間に鐘が鳴るなんて珍しいな。


 鐘の音を聞いた街の人がざわめき始める。

「あのベルの回数は……緊急依頼じゃないか?」

「冒険者が正門に集まってるぞ!」

「正門を見に行くぞ!」

「今日はもう店じまいだ」


 何だか面白そうなことが始まりそう。

 

 俺は来た道を引き返し、正門へ向かった。


 正門に到着すると、百人をゆうに超える街中の冒険者達が集まっていた。

 

「すげぇ……」


 これだけの冒険者達が集まっている光景は圧巻だった。

 

 くそーカメラがあれば。

 

 職員の合図とともに門があがり、冒険者達が鼓舞をする。

 冒険者集団の先頭にはカイさんの姿があった。


 これから戦いにいく冒険者達に、街の人たちが応援の言葉を投げかけている。

 街の人達の応援は、冒険者が森の中へ消えていくまで鳴り止まなかった。


 俺もいつかは、あの人達のように……。


 ――――――(カイ視点)


 カイは深呼吸をし、目の前に広がる森を見つめながら、十年前を思い返していた。

 初めてギルドから緊急依頼が出されたあの日のことを。

 

 魔物の大量発生が街を襲った。

 その日は何故か自然発生の魔物がいつも以上に多く、雪崩のように魔物達が街へ侵攻して来た。

 当時は街を囲む壁がなかった。

 魔物の侵入を防ぐことができず、多くの人が亡くなってしまった。

 俺の妻も幼いレイブンを守って……。

 

 だけど今回は違う。

 事前に異変を発見したことで、群れが最大化する前に叩ける好機。

 

 俺はあの時から強くなった。

 もうあんな思いをするのは――二度とごめんだ。

 

 街の正門があがり、街の人達に見送られながら、他の冒険者達と共に森へと入っていく。

 

 ――森へ入ると、辺りは異様に静かだった。

 オーク達が生息地域を広げたことで、餌になっていた動物達が森から離れていったからだろう。

 

 森の奥へ進むにつれて、徐々に地面にオークの足跡を確認し始める。


 そろそろだな。

 

 俺は後ろの冒険者達に大声で伝えた。

「接触するぞ、覚悟しろ!」

 

 次第に呼吸が速くなる。

 

 一匹一匹は大したことがないオークだが。

 以前の緊急依頼の惨状を鑑みるに、決して侮れない相手だ。

 なんたって数は力だ。


 突如、前方から無数の地鳴りのような足音が聞こえてくる。

 そして……鼻が曲がるほどの獣臭が辺りに広がった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「来るぞ!構えろ!」

 大声を出して鼓舞する。


「「「プギャアー!!!」」」


 十体や二十体どころではない。

 百体いや、それ以上。

 鋭い爪を光らせ、豚のような頭と茶色い体を持つ二足歩行の魔物が、凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 

 俺は先頭のオークが右手で引っ掻いて来たのを横にかわし、縦に両断する。

 一匹一匹は大したことがなさそうだが……数が数だ。


「舐めてかかるな!最低でも相手は数百はいるぞ!」

 後方の味方に向かって叫ぶ。


 後方にいる冒険者達が魔法で支援を始めた。

 

「雷鳴よ来たれ!【サンダーボルト】!」

 詠唱により威力を増した魔法で、空から雷が降り注ぎ、瞬く間にオークの数を減らしていく。


「突っ込めー!」

 魔法使いが開けた穴に冒険者達が雪崩れ込み、乱戦が始まった。


 ……持久戦に持ち込まれると、数に押しつぶされる。

 俺も全開でいかせてもらおうか。

 

「剣技【ツイン・スラッシュ】!」

 

 光を帯びた大剣で横薙ぎを二回放つ剣技。その凄まじい破壊力で、数十体のオークが一度に両断される。


「何体でもかかってこい!!」


 次々とオークを斬っていく。

 周囲の冒険者達はその無双ぶりに、頼もしさを感じ奮い立つ。


「さすが!【B級】の冒険者は化け物だ!俺たちも続くぞ!」


 飛び交う魔法に帯びた数のオークの死体。

 

 戦い始めてから数時間――ようやく、オークの波に勢いがなくなってきた。


「ハァ……ハァ……」

 何体倒しただろうか。

 

 止めどないオークの波状攻撃に冒険者達は疲れを見せ始めていた。

 

 見渡す限りのオークの死体。

 これが街を襲っていたら……と考えて背筋が凍る。

 

 負傷した冒険者達は次々と街に運ばれ、次第に戦場に残る冒険者の数も減ってきていた。

 

 皆んな、ボロボロだ……。


 何人かの魔法使い達は限界が来て、剣で戦っている。

 D級のオークといえど、これだけの数が集まれば脅威だな。


「あと少しだ!気合い入れろ!」


「「おおおおおおお!!」」

 呼びかけに応える冒険者の声にはまだ覇気があった。

 やれそうだ。


「これからだぞ!お前……ら」


 奥に立つ『最悪』を見つけてしまい、思考が止まる。


 爪の先から足の指まで全身赤色のオーク。

 その危険さ故に【B級】討伐指定。

 『オーク・変異種』。


 ここにきて奴はまずい……。

 

「変異種だ!」


 なぜここに……変異種が。

 突然の事態に思考がまとまらない。


 即座に変異種に距離を詰められ、右拳で思い切り腹を殴られる。 

 殴られた衝撃で木に激突する。


「グハァッ」

 洒落になってないな。この威力。

 

「カイ!大丈夫か!」

 大盾を背負った冒険者が駆けつける。

 

「ハァ……まずいことになった……。王都に早馬を出して騎士団の要請を……」

 

 呼吸を整えながら伝える。

 近くにいた別の冒険者がカイの言葉を受け、森を後にした。


 これで騎士団が来てくれるはずだ。


 大盾の冒険者がカイを担ごうと屈んだ瞬間――

 

「後ろだ!!」


 俺の叫び声と同時に、変異種が突進してきた。


 ズゴオオオオン


 突進によって二人とも後方に吹き飛ばされる。

 

「メチャクチャだぜ、あいつ。盾ごと吹っ飛ばしやがった……」

 大盾の冒険者が口元の血を拭う。


 周りの冒険者を蹂躙する変異種。

 なす術もなく、冒険者達が吹っ飛ばされ、殴られ、爪で切り裂かれていく。


 俺が……俺がなんとかしなければ。

 立ち上がり、剣を取る。

 

「まだ……やれるよな」

 

「盾でいくらでも時間を稼いでやるさ」

 大盾の冒険者は口元の血を拭って立ち上がった。


 ――――――(ピート視点)


 冒険者達が出発してから数時間が経った。

 今は家に帰り、日課の剣を振っている。

 

 カイさん達は大丈夫だろうか。

 そんな事を考えてしまって中々、特訓に身が入らない。


 ――突如、庭が暗くなり、冷たい風が吹き荒れる。


「うわっ何だ!?」

 

 その異常さに思わず、空を見上げた。

 翼を広げた大きな影が森の方へ消えていく。


「今のはもしかして……ドラゴン?」

 

 本物のドラゴンを見ることができるかも知れない。

 鼓動が早まる。

 今の影を見逃すわけにはいかない気がする。

 俺はその好奇心を抑えることができず……足は森へと向かっていた。


 ピートが森へ向かっている頃――森では、既にもう一つの『最悪』が降臨していた。



 


 

 

 

 


 






 

 

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